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  • 執筆者の写真卯之 はな

クランク イン



※短編としてお読みいただくことができますが、「本ではよくあるお別れ会」もご覧いただくとより楽しめる作品となっています。



ぼくは主役じゃない。 


空想の人物の人生を描書く小説家だ。


作品によっては、だいぶ時間をかけるものもあるが、

その分だけ、完結させたときはとてもこころが満たされた。


その時のぼくの頭の中は、登場人物は賑やかにクランクアップを行う。


ぼくはぼくで、久しぶりにお酒を飲んで共に祝ったりしている。


作者が褒められるのは読者か評論家であって、

登場人物からの労いの言葉はない。


それは、自分の存在を知らないから。


彼らもおなじく生きていて、日々を生活している。

ひとによっては、ぼくは神さまだと勘違いしているようだが、

ぼくは代弁者であり書き手であって、一読者なのだ。


この間、新作の手売り販売のイベントに呼ばれた。


ぼくはこの催しものが待ち遠しくなるほど好きだった。

それは、あれが面白かったとか、気に入っているとか、

文字ではなく口から発せられた言葉で聞けるからだ。


面と向かって批判するひとは今のところいないが、

もし現れたとしたら自分は、

その勇気に賞賛して、真摯に受け止めるつもりだ。


淡々とこなして無事に終えたとき、

お世話になっている編集者に呼び止められた。


「次の仕事、いいかしら」


「なんですか?」


ぼくの頭の中は、次の作品で活躍するキャラクターたちが

うずうずしているというのに…。

でも、いつもお世話になっているものだから興味ありげに振り返った。



「あなたの自伝を書いてほしいの」



ぼくは呆気にとられてしまった。

自分の人生、思考など他のひとにとって楽しいものではないだろう。


素直に回答した。


「ぼくは、そんな特別な人間じゃありませんよ。

 ものがたりの登場人物より、単純で平凡でつまらないだけです」


ぼくはそう言ったのだが、編集者は食い下がりはしなかった。



「毎日が、あなたが主役のものがたりなのよ。

 そして編集を任されるわたしからみたら、あなたはヒーロー。

 このやりとりも、文章に起こしてみなさい。

 それは紛れもない、あなたの作品になるの」



その言葉に驚かされた。


ぼくがこの会話を書くだけでものがたりになって、

この"自分"が主役になっているのだ。


そう、これからはじまるのは、ぼくのものがたり。


一旦頭の中の楽屋に本の登場人物をしばし控えさせて、

自伝をこれから書かせてもらいます。

今度は、思い出の中に生きているひとたちを目覚めさせるために…


書くきっかけをくれた編集者さま、ありがとうございます。


そして…

単純で平凡でつまらないこの本をお手にとってくださった読者さま、

どうか、この主人公を愛してくれると幸いです。


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