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  • 執筆者の写真卯之 はな

読書家のかんばんねこ

更新日:2019年10月24日


「おにいちゃん! きょうは発売日だよ」


「そっか。 きょうだったね!」


くろねことみけねこが、

ふすまをあけて部屋にあるたくさんの本棚をかけぬけます。

積まれた雑誌を器用にうえから一冊 床におとしました。


傷つけないように手でページを開いていきます。


「ここだ!」


二匹がくぎづけになったページは、ある連載中のまんがでした。

夢中でさくさくと読みつづけ、おわるとぱたんと閉じました。


「おもしろかったね! この先どうなるんだろう」


「ぼくが作者だったら…」



「おはよう。 くろ、 みけ、 いたずらしないんだよ」



おばあちゃんがエプロンをかけながら、二匹をやさしくなでました。



兄のくろ 弟のみけ

兄弟ではありませんでしたが野良猫でひろわれてから

ずっといっしょです。


自然と二匹は、兄弟のようになっていきました。



「よいしょっと」


シャッターをあけて、毎日おなじ時間に本屋をひらきます。


重いシャッターをあけるおばあちゃんは、辛そうで くろとみけは

心配そうに見守ります。


「おばあちゃんひとりで、たいへんだよね」


「ぼくたちが人間だったら手伝ってあげるのに」


「みけ、ぼくらも仕事をはじめよう」


「うん。 おにいちゃん」


二匹はお店にはいってすぐのところにある座布団にすわりました。

ひとつは、くろ。 もうひとつは、みけ。

それぞれのなまえの刺繍をされた座布団は、

おばあちゃんのお手製です。


そこにすわり、古い本屋の看板ねことして活躍するのは 


くろ と みけ でした。




入ってきたお客さんに二匹は愛想をふりまきます。

ちょっと手荒くなでてくるお客さんもいますが、

それに耐えるのもお仕事です。


「みけ、いまのお客さん 爪で引っかけばよかったよ」


「おこりっぽいんだから」



常連にはちょっと甘いところをみせて、足元にすり寄ります。 

おばあちゃんはいいました。


「ごめんねぇ。 お客さんに懐いちゃったみたいで」


「いいんだよ。 

 本を買うのも、この子たちに会うのもたのしみにしているんだ。

 だから…やめないでおくれよ」


おばあちゃんは悲しげににこりと笑うだけでした。



その日の晩。

二匹は本棚を漁って本を読んでいました。


絵のたくさんついた読みやすい本 

どうぶつたちの図鑑 じぶんたち猫の生態の本 

知らない文字は辞書で調べたりしました。

ここにいてからというもの、とても多くのものをおぼえたのでした。


ふと みけが、本をとじて不安げにくろにはなしかけます。


「ねぇ。 この本屋さん、なくなったりしないよね。

 おばあちゃんが眠たそうに起きてきて、

 ぼくたちは毎週たのしみなまんがを読んで、

 ずっと変わらない毎日 つづけられるよね」


くろは返事に困って、なかなかしゃべりません。

顔を伏せて考えたあと、ようやく口をひらきました。


「ぼくたちは変わらないよ」


”ぼくたち”ということばに、違和感をかんじましたが

問いかけることはできませんでした。


ふたたび、二匹は本の続きを読むのでした。



いつも本屋をひらく時間に、おばあちゃんは姿をあらわしません。

くろとみけは心配になって、居間にいきました。

おばあちゃんは座っていましたが、どこか調子がわるそうです。


「くろ、みけ。 どこにいたんだい。

 きょうはお店に行かなくていいんだよ。

 ちょっとかぜをひいて、休業さ」


こほこほと咳をしました。

おばあちゃんに寄り添うように、くろとみけは横になりました。

くろが言います。


「おばあちゃん。 はやく元気になってね」


「お客さんにみせるおばあちゃんの笑顔が ぼくたちだいすきなんだ」


具合のわるいおばあちゃんのお世話をすることはできませんでしたが、

ずっとそばについててあげました。



願いが通じたのか、次の日すっかり元気になっていました。

それぞれいつもの座布団にすわり、二匹も元気に接客をするのでした。



次の日も、その次の日も、変わらない日が続きました。


そんなある日。


おばあちゃんが外出したかとおもうと、かえってきません。

お店も、シャッターが降りたままです。

変わりに、おばあちゃんの妹がやってきてお世話をしてくれました。


「おにいちゃん。 おばあちゃんはどこに行ったんだろう。

 あれから1週間だよ」



くろはきょう、電話をするおばあちゃんの妹の会話を

ぐうぜん聞いてしまいました。


「そう。 …いますぐ行くから」


そして身支度をして、でかけていきました。



くろは、みけの聞こえない声で くうを見つめ言いました。


「これから、あわただしい日になるかも」




しばらくして、くろが言ったとおりあわただしい日々がつづきました。

見知らぬいろんなひとがきて、

泣いたり、偲んだり、それぞれいろんな表情をして家を出ていきます。

それを二匹は、眺めることしかできません。


この雰囲気で、なんとなく感じとりました。


「おばあちゃん、いなくなっちゃったんだね、おにいちゃん」


「そうだね」


受けいれたくない現実を、

ようやくくろとみけは口にすることができました。

見上げたところに、おばあちゃんの写真があることを

見てみぬふりをしていたのです。


じっと、おばあちゃんの顔を見つめてから くろがいいます。


「みけ、ここを出よう」


「え!?」


おどろいたみけをよそに、くろが落ちついた声でつづけます。


「ぼくたちのご主人さまは、

 おばあちゃんの妹さんでもご近所さんでもない

 おばあちゃん ただひとりだ。 

 ほかのひとと暮らすなんて、できないよ。


 ぼくたちは昔 野良だった…。


 二匹ならきっとだいじょうぶ」


「…そうだね。 おばあちゃんが見守っていてくれるよね」


くろとみけが、写真をあらためて見あげました。

あの笑顔がもうないのはさみしいですが、

二匹はおばあちゃんに笑いかえして支度をはじめたのでした。




「きょうもいい天気だね、みけ」


「おにいちゃん! そろそろお散歩いこうよ」


耳をひっぱって うながしました。 


はいはい、とくろが立ち上がったその下には くろ と刺繍が

そのとなりには、みけ と書かれた座布団がおかれていました。


唯一 家から持ってきたおばあちゃんとの思い出といっしょに

二匹の野良猫はきょうも町の散歩にでかけるのでした。


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