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執筆者の写真卯之 はな

ちょうこく

更新日:4月5日


ある森に、移動式の音楽団がいました。

その全員がはりねずみで、全員が家族でした。


その一番下の末っ子が、笛吹きのはりねずみの男の子です。


でも、彼は自信を持って吹けませんでした。


自分の演奏が下手だからです。


はりねずみの男の子はお母さんに言いました。


「笛なんかきらいだ。 いくら練習してもうまくならない。

 好きになるなんて難しいよ」


「そんなこと言わないで。

 でも、そんなに辛いならやめてもいいのよ」


お母さんの甘い言葉に、はりねずみの男の子はゆらぎましたが、

ことあるごとに「お母さんを守れる、強い子になるんだ」と

今はお星さまになったお父さんの声が聞こえた気がしました。

ぐっと、悔しさと涙を飲み込みます。


それを見たお母さんは、ぎゅっと我が子を抱きしめると、


「上手だからそれが好きとは限らないのよ」


ぽんぽんと背中をたたきながら、お母さんはあやしました。




その夜。


はりねずみの男の子は深夜になってみんな寝静まるのを待っていました。


木の実、時計、お母さんの作ってもらったぬいぐるみ…

それらを布に包んで旅支度を終えました。


「修行して、上手な奏者になって帰ってくるから みんな待ってて」


家族全員の顔を一通り見渡して、置き手紙を残し、そっと扉を開け我が家を出ました。




はりねずみは森を切り開くようにまっすぐに進みました。


迷いや恐れはありません。

だれもが認める笛吹きになる夢だけが、はりねずみの足を動かしました。




旅の途中途中で、みんなに聞いてもらうため笛を吹いて演奏をします。

しか や りすたちは立ち止まって耳を傾けてくれていましたが、

すぐにまた歩きはじめてどこかに行ってしまいました。


やっぱり、自分ひとりの力じゃ…


はりねずみは演奏の途中でしたが、荷物を乱暴に持って駆け出しました。


感動させるような演奏はできないよ…!


涙を流しても、今は拭ってくれるひとはいません。

ただただ走りました。




周りを見ず息が続くかぎり走っていたため、

地面に落ちていた大きな石にはりねずみは気付きませんでした。

足が引っかかって、転んでしまいます。

その拍子に、笛が手から落ちて岩にぶつかり 折れて真っ二つになってしまいました。


「どうしよう…。 お父さんからもらった、大切な笛…」


いくらくっつけてみても、元には戻りません。


また泣きそうになったときです。

後ろから声をかけられました。


「はりねずみさん」


後ろを向くと、そこには、

「やまねこさん?」

あとを追ってきていたのか、やまねこの息はあがっていました。

息を整えてから、話しはじめます。


「はりねずみさん。 さっきの演奏聞いたよ」


「あぁ…ぼくの…」


「すばらしい笛の音色だったね!

 それを言いたかったのに、途中で投げ出したものだから追いかけちゃった」


「ぼくの演奏が?」


「あぁ! 感動したよ。

 ぼくのバイオリンとちがって…」


にっこりと笑ったやまねこの後ろに、また動物が現れました。

もじもじとはずかしそうにやってきたのは、からだの小さなくまでした。


「あの、あの…はりねずみさん。

 わたしも、あまりにきれいで…やさしい演奏だったから、聞き惚れちゃいました。

 ファンになっても、いいですか…?」


照れ隠しのように顔を隠してくまが言います。


「ごめんなさい。

 もう、吹けないんだ」


両手に持った折れた笛を見せました。


「折れてしまったんだね」


「気を落とさないで、はりねずみさん…。 わたしにいい方法があります。

 この先に小さな湖があるんです。 その向こう側に…」


「あぁ! さるじぃのところだね! 確かに、なんとかなるかもしれない」


二匹は うん と力強く頷きました。

ぽかんとしたはりねずみに、くまが説明します。


「楽器を作っているさるのおじさまがいるんです」


「治してもらって、またあの音を聞かせておくれよ」


「…今すぐ行きます!」


はりねずみは荷物を持ち直し、

湖の向こうにいるというさるのおじいさんを目指して、三匹は歩きはじめました。




「さるのおじさま…。 いらっしゃいますか?」


きれいな彫刻を施された木の扉を叩きました。

すると、中から年をとったさるのおじいさんがよろよろと出てきました。


はりねずみが、笛を持って前に来ます。


「おじいさん。 これを直していただけませんか?

 お父さんからもらった大切な笛なんです。

 これは、家族みんなの大切なものなんです…」


「どれどれ…」


しわしわの手で、笛を受け取りました。

笛をくるくると回して全体を確かめます。

そして、すぐに返事をしました。


「中で待ちなさい。 すぐに直してあげるからね」


にこにこと楽しそうに、部屋の中へと戻っていきました。

三匹も、それに習って中に入り込みました。




さるのおじいさんが早速作業にとりかかります。

三匹はいすに座って、終わるのを待ちました。


やまねこが、周りをきょろきょろしはじめます。


「楽器ってこんなにたくさん種類があるんだね」


「ふぉふぉふぉ。 これからひとりひとりの手に渡る楽器たちじゃ。

 みんな心待ちにしてるじゃろうて」


手先を器用に動かしながら、さるのおじいさんは言いました。


「こんなにも、楽しみにしている動物たちがいるんですね…」


「みんな、ぼくよりも上手な奏者になるんだろうなぁ…」


はりねずみが小さなつぶやきを聞き逃さなかったさるのおじいさんが、


「楽器も動物も、楽しく弾ければそれでいいんじゃよ」


はりねずみに向き直って、やさしい表情で返しました。




直す時間は、それほどかかりませんでした。


「ほれ。 はりねずみのぼうや」


はりねずみに渡されたのは、折れた部分もわからないほどきれいに繋がれた笛でした。

三匹は飛び上がってよろこびます。


「ありがとうございます! さるのおじいさん!」


「ふぉふぉふぉ。 まるであのときと一緒じゃ」


「あの時?」


「ずいぶん昔に、わしの作った笛を使っていたはりねずみの男が、

 壊れたと言って修理を頼みにきたんじゃ。

 その男の演奏は決してうまいものじゃなかったが…

 直った笛を見てうれしそうに言ったんじゃ。

 この音色を好きと言ってくれる女の子がいるから、がんばれるんだ


 と」


さるのおじいさんが扉のほうを指差しました。


「ほれ」


はりねずみははっとしました。


あの彫刻は、何度も触って…見ていたものでした。


はりねずみは、もらったときから笛にあった小さな彫刻を、すっと指でなぞりました。




三匹は、湖に来ました。


「みんな、ありがとう。 おかげで笛が元通りになった」


「これからまた、修行の旅に出るのかい?」


「ううん。 

 ぼく、わかったんだ。 森の音楽団に戻るよ。

 お父さんみたいないろんなひとに愛される笛吹きになるために」


「ぼくもお供させてもらってもいいかな。

 君と一緒に、もう一度バイオリンをがんばってみたいんだ」


「もちろん!」


「あ、あの……タンバリン役は、いりませんか…?」



はりねずみとやまねこはにっこりと笑って答えました。



「一緒に帰ろう!」



そして…

三匹は仲良く、演奏しながらはりねずみのお母さんの待つ森を目指しましたとさ。



おしまい。




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