恋のキューピットは りす
おおかみは、たまに森をとおる
赤ずきんをした女の子に恋をしていました。
おつかいなのか、森のなかに住むおばあさんの家に
お届けものをするやさしい女の子でした。
でも、きっとぼくのすがたを見たら逃げてしまうよね
と、草かげからこっそり見ることしかできません。
じぶんの存在を知ってほしい反面、
怖がられるのをおそれていました。
おおかみも、こころやさしいおおかみなのです。
「たぶん、きょうは赤ずきんちゃんが通る日のはず」
おおかみは、いつもどおり草かげから見守っていますが、
視線は女の子の来る方向をみていませんでした。
その目は、道にちらばった木苺に向いています。
おおかみは、なにかあの女の子にしてあげたいがために、
森で木苺をあつめてきたのでした。
どきどきしながら待っていると、遠くから足音がします。
しぜんと耳がぴんっと立ち、女の子が来ることを告げました。
「あ! 赤ずきんちゃんだ」
かごの中身は…パンだね! おいしそうな匂いがしてる。
鼻が利くおおかみは、すぐに中身までわかります。
女の子が、木苺のまえまできました。
「あら?」
足元に散らばっている木苺に気づきました。
なぜこんなところに、と思いつつ真っ赤に熟れたくだものに
惹かれてしまいます。
そして、しゃがんで一粒つかんで言いました。
「きっと、どうぶつが落としていったのね。
美味しそうな木苺…おばあさんといっしょにおやつにしましょ」
ひとつひとつ、つぶれないようにかごの中へとしまいます。
拾いおえると立ち上がって、
うれしそうにおばあさんの家へと向かって歩いていきました。
それを見送ったおおかみは、女の子の笑顔を思いだしては
計画が成功したことをよろこびました。
つい、表情がにやにやしてしまっていたのか、
うえから降りてきたりすに気がつきませんでした。
「やったじゃん! 高感度あげたな!」
「ちゃ、茶化さないでくれよ!」
誰かに一部始終見られていたことをはずかしく思い、
すぐに草むらへ走りさってしまいました。
後日。 また女の子がやってきました。
が、途中でぽつぽつと雨が降ってきてしまいました。
「いやだ…雨だわ」
すぐに木のしたに逃げこんだ女の子ですが、
それでもぽたりと雨がしたたり落ちてきます。
それを見たおおかみは、ぬれて風邪をひいてはいけないと
気を利かせ、森の奥にあるおおきな葉っぱをとって
元の場所にもどりました。
そして、
「おい! りす! どうせ見ているんだろ?」
「んー、もうさすがにお見通しか!」
残念、といったようすで木からするっと軽快に降りてきます。
「きみに頼みごとをするのも気が引けるが…しょうがない。
この葉っぱを、あの子に届けてくれ。
あのままじゃ風邪をひいてしまうよ」
「なんてやさしいおおかみなんだ! おれは感動したよ!」
「いいから、はやく!」
おおきな葉っぱをりすに押しつけました。
あまりにおおきかったので、茎の部分をくわえたはいいですが
歩きにくそうです。
はやく!といったかんじで、しっしっ とりすをうながします。
りすは しかたがないなぁ と、女の子に近づきました。
何かの気配をかんじて、女の子は足元をみやると
ちいさなりすに気がつきました。
「あら、りすさん」
やはり、おおかみとちがって、りすは可愛がられる存在のようです。
にっこり笑って、
「こんにちわ」
と、言葉の通じないりすにたいしてあいさつをしました。
りすは葉を地面において、女の子を見つめました。
女の子は首をかしげて、言います。
「これ、くれるの?」
りすは、どうぞと言わんばかりに鼻で葉っぱをつつきます。
「ふふ。 この森のどうぶつさんはやさしい子が多いのね」
りすをなでなでしてから、
「ありがとう」
お礼を言って、さっそく傘がわりに使いました。
だいぶ しのげるようになったので、
おばあさんの家にいそいで向かいました。
「いい感じだっただろ! 彼女と。 なでられたんだぜ」
「べつにうらやましくないさ」
「本当かなぁ?」
いたずらな笑みを浮かべて、おおかみにヤキモチをやかせました。
正直、おおかみはりすがうらやましくてたまりません。
本当はじぶんがしてあげたいことを、
ほかのどうぶつ
伝いでしてもらうなんて。
日に日におおかみは、女の子に怖がられてもいい、
と思うようになっていきました。
別に、感謝やお礼を求めているわけではなく、
どれだけ女の子のことを想っていたか、知ってほしかったのです。
じぶんをまっすぐみてほしい、と。
どんな視線をむけられてもいいから…
それは女の子がこの道を通らなくなって、
森を恐れるようになることを意味していました。
「本当に、いいのかい?
もう、女の子は来なくなってしまうかもよ」
「それでも、いいんだ。 一度だけでもぼくを見てくれれば」
「がんばれよ。 おれは木のうえで見守ってるから」
「あぁ。 見守っておいてくれ」
りすは、真剣に良い方向にものごとが運ぶのをおもい、
おおかみも、りすの気持ちをすなおにうけとりました。
きょうは、道にりんごを数個落としておきました。
りんごに気づいたら、ぼくは道にゆっくり出る…
どうなるかわからないけれど、後悔はぜったいしない
ぼくがいるってことをおしえたいんだ
いつものように、草かげで来るのを待ちます。
いつも以上に、
いつもとちがう緊張感でいっぱいでした。
とこ とこ とこ
足音がきこえます。 そして、赤いずきんも見えました。
緊張して、ごくっとおおかみが喉をならします。
りんごを前にして、女の子が立ち止まります。
「まぁ! きれいなりんご!」
しゃがみこんで、つやつやしたりんごに見とれていました。
うしろにおおかみがいるとも気づかず…
二個目のりんごをかごにいれるとき、
日がかげったのがわかりました。
ゆっくりと女の子はふりむきます。
そこには、おおかみが立っていました。
おおかみも、女の子も、見つめあいます。
もうこれで終わりなら、この子の目をしっかりみておきたい
まばたきすることも惜しみ、女の子をみていると
その子の手がおおかみの頭をわしゃわしゃとなでました。
目ではなく、女の子の表情をみると微笑んでいました。
なでられながらおおかみは、
どうなっているのか把握できずにいました。
おどおどするおおかみを落ちつかせるように、ゆっくりとなでます。
ずっとあこがれていたあの手に触れられているんだと思うと、
夢ではないかとおおかみは錯覚しました。
しばらくなでたあと、女の子は口をひらきました。
「この森のどうぶつたちは、みんな、やさしいものね」
りすにも言ったことばを、口にしました。
「あなたでしょう? ずっと、わたしのことを助けてくれたり、
見守っていてくれたのは」
なんで…
女の子にまだ動揺をかくせないままでいました。
「ある日のこと。
おばあちゃんの家のだんろにくべる木が少なくなってきて、
わたしがすこし薪を背負って行ったの。
そして帰りに、とびらを開けると玄関に木の枝が何本もあった」
おおかみは思い出しました。
きっと、木が足りないのだろうと
森をかけめぐって、集めに集めたことを。
「この前は、わたしが落し物をしたときね。
また帰り際に、その落し物が玄関においてあった。
どちらも、まわりにはおおきな足あとがあったのよ?」
それとね、と女の子はやさしい口調でつづけます。
「いつも落ちているくだものは、歯型や爪あとでいっぱい。
からだがおおきくて、するどい牙と爪をもったどうぶつが
いつも助けてくれているんだなってわかったの」
あぁ…この子は、
ずっとまえからぼくの存在を知っていてくれていたのか
「そしたら、やっぱり。 森のやさしいどうぶつさんだった」
といって、りんごを差しだします。
「いっしょに食べながら、おばあちゃんの家まで行きましょ?
いつもひとりで、さみしかったの」
おおかみは、りんごを女の子からもらいました。
すでに歯型がついているりんごを受けとると同時に、
無意識に牙を立てていたようで しゃり っと音をたてました。
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