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  • 執筆者の写真卯之 はな

小説家と犬


あるところに、小説家と犬が暮らしていました。

そこは山おくで、なかなかひとが寄りつかない場所です。


たまに車でしょくりょうを買いこんでは、

しばらくの間、町へおでかけはいきませんでした。


それでも毎日、外にでました。


犬の散歩です。


犬は、ご主人さまとおうちにこもるのも好きです。

おとなしく良い子にしていると、

ご主人さまがひたいとひたいをあわせてくれるのも大好きです。


それと、お散歩も大好きでした。


かぜ、木、花… 外のけしきは、犬をあきさせません。

それにこのおいしい空気を吸いこむと、

ここの森がもっと好きになるのでした。

犬の足どりはしぜんと軽くなりました。


ですが、さいきんのお散歩はどこか変です。


こんなすてきなものがたくさんあるのに…

 ご主人さまは、なんでむずかしいかおをしているのだろう


歩きながらかおをのぞきこみます。 

こんどは悲しいかおをしていました。


かんがえごとに夢中であぶなっかしく、

石でつまづきそうになったら ゆうどうしてあげるのでした。


どうしたのって聞けないのがもどかしい


きょうのお散歩も、いつもどおりおえました。




ご主人さまがねむりについたあと、こっそり犬は抜けだしました。

むかうところは仕事場です。


きっとなにかヒントがあるにちがいない


犬にとって、ご主人さまのなやみは犬のなやみで、

放っておけませんでした。


仕事場にはいるやいなや、イス飛びうつり、机にのぼりました。


たくさんの本がつまれていますが、

ご主人さまの書いてあるノートがなかなか見つけられません。


「どこだろう…」


と、たなのうえのほうまで探しているときでした。

夢中になりすぎたのか、こんなたかくのぼる気はなく

バランスをくずしてしまいました。


床に着地できましたが、


どさどさどさ


おおきな音をたてて、

たなの中からたくさんの本が落ちてきました。


まずい!


そうおもったときには、ご主人さまはかけつけてきます。


ご主人さまは何がおこっているのかわからず、

目が点になっています。

部屋中散らかって、

いくつかの本は開いたじょうたいになっています。


「きみがやったのかい?」


犬はうつむいてご主人さまの前に座りこんでしまいました。

怒られるとおもったからです。


でも、いつまでたってもご主人さまのくちは開きません。

どうしたら良いものかと、犬はかおをゆっくりとあげようとしたら、

大粒のなみだが落ちてきました。


犬はそんなひどいことをしたんだなとおもって、

ごめんなさい、どうか泣かないで

と、いうように足元にすりよります。


「ごめんね、泣いたりして」


ご主人のほうが犬にあやまりました。

どうやら犬のせいではなかったようですが、なみだは止まりません。

ぐずっとはなをならします。


片足をついて、犬をわしゃわしゃとなでました。

そしていいます。


「もう、なんにも書けないんだ。

 ずっと机にむかっているけど、ものがたりが頭にうかんでこない」


犬は小説家のきもちはわかりませんでしたが、

ご主人さまの悲しげなかおをみたらじぶんも苦しくなったのでした。


「きみは、町にいたころより

 こっちでお散歩するのがすきみたいだね」


たしかに、犬は 朝晩 のお散歩のじかんが大好きでした。

それがどうしたんだろうと、首をかしげてみせます。


ご主人さまは言いづらそうにしていましたが、

しばらくしてから語りだしました。


「ここにいることは、もうできないんだ。


 きみにはわからないだろうけど…町にいかないといけない。


 そして、向こうではいっしょに暮らせない」


犬は、そのことばを聞いてなによりもおどろきました。


朝はお寝坊さんのご主人さまを起こして、朝ごはんをたべて、

だいすきなお散歩、

お仕事をしている間はしずかにしています。

夜もいっしょに過ごして、

おやすみのキスをしてもらって眠るのです。


その生活ができなくなることを、

犬は考えたくはありませんでした。

ご主人さまといっしょに悲しくなってきます。


「この森にきて、町のさわがしさをどう思ったかわからないけど

 ぼくは苦手だった。

 きみはお散歩のときはたのしそうにしていたから、

 切り出せずにいたんだよ。


 動物と話せないのに、ためらってしまって おかしいね」


そんなことないよ!


犬はそれを伝えられなくて、たまらないもどかしさを感じました。


「ぼくは、町へ。 きみは、引きとってくれるおばさんの元へ」


ご主人さまが、ひたいとひたいをくっつけました。


伝えるように、伝わるように。


その日は、いっしょのベッドで眠りにつきました。




おばさんに引きとってもらう当日。


「良い子にしているんだよ」


ご主人さまも、からだに気をつけて


いつもの大好きなあたまとあたまのこっつんこは、

約束の印になりました。






おばさんは、犬をとても可愛がりました。

犬は、ご主人さまの言いつけを守りました。


おばさんと犬、お互いがしあわせな日々を送っていましたが、

犬には待ちに待ったその日が…


道に、一台のくるまが止まりました。


降りてきたひとに、犬はとびつきます。


ご主人さま!


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