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  • 執筆者の写真卯之 はな

小さな福の神とちっぽけな幽霊

更新日:4月5日


ある山のふもとの家に、五人の家族が住んでいました。

その家はとても古く、柱はゆがんで今にも倒れそうでした。

日々の食べ物と言ったら、小さな畑に植えたじゃがいもを囲んで食べます。


それでも、家族はささやかな幸せをみんなで分かち合うあたたかい家族でした。


お母さんがお仏壇に、小さな塩おにぎりをお供えします。


「今日も一日。 みんながすこやかに過ごせますように」


手を合わせてから、みんなの待つ畑へと向かいました。


その一家を、縁側に座ってにこにこと静かに見守る幼い女の子がいました。


こっそりと一緒に住み憑く、座敷わらしの女の子です。


「今日もいい天気! みんなも元気!」


お供えの塩おにぎりを頬張りながら、微笑ましく家族を見守っていました。




しばらく晴天が続いていましたが、今日は大雨になってしまいました。

そのため子どもたちは外へ出れず、家の中でわいわいと遊んでいます。

子どもたちの楽しそうにしている姿に、座敷わらしがうらやましそうに見つめていると、


びしゃん


と、外で大きな雨音がしました。


座敷わらしは、ふすまの先の様子をおそるおそる覗きましたが、

外にはなにもいませんでした。

ふすまを閉めようと思ったとき、ふと地面に目をやると、

地面に男の子が横たわっています。


人間かと思いましたが、

その姿は体が透けているので、どうやら幽霊のようです。

ですが、弱っているのか、もやのかかったかのように体はかすんでいました。


小さく声をかけてみます。


「だいじょうぶですか?」


「ぼくが見えるの?」


「わたしはこの家の座敷わらしです」


「そうなんだ…」


「幽霊さんは、なぜそんな辛い顔をしているんですか?」


「悲しいことがあって、逃げてきたんだ」


あたたかさや冷たさを感じないはずの幽霊が、さむい…とつぶやきました。

座敷わらしは、一回り体の大きい幽霊に小さな手を差し出します。


「ここはみんな、あったかくていい人たちなんです。

 幽霊さんも心がぽかぽかするはずですよ」


「ぼくが入ってもいいの?」


「わたしが言うのもなんですが…どうぞ!」


この家に、またひとり住人が加わりました。




それから、幽霊は座敷わらしが言ったとおり心あたたまる日々を送りました。


冷たい隙間風が入ってくる中でも、小さな暖を囲って笑い声がたえない家に住んで、

外では森の動物と友だちになったり、

人間の子どもらしく座敷わらしと一緒に遊んだりしました。


「あの夜、家族も友だちも失ってしまって、このまま消えてしまおうと思ったけど、

 ぼくに手を差し伸べてくれた神様がいた。

 座敷わらし、見つけてくれて、ありがとう」


「わたしも今までひとりだったから、

 笑い合ったり、助け合って過ごすことはなかったけど、

 幽霊さんが来てから、人間らしく生きてるかんじがします。

 それがすごくうれしいんです!」


「ぼくも!」




ですが、晴れ間はそれほど長くは続きませんでした。




はじめに、お母さんが病に倒れ、小さな子どもたちは看病に追われました。

お父さんは村に行っては二、三日帰らない日々を繰り返しました。

そして誰もお世話をすることがなくなった畑は、

衰えていることが目に見えてわかります。

その様子をそばで見守るしかできない座敷わらしと幽霊は、

自分の存在をくやしく思いました。


いつの間にか、暖の光は消えてしまったのです。




ある夜、一週間と戻ってこなかったお父さんが、

夜中にどたどたと家にあがりこんできました。


それは、見知ったやさしいお父さんの顔ではありませんでした。


みんなを起こして、病で苦しそうに眠っていたお母さんを背中にしょいました。


何事かと思って飛び起きた座敷わらしと幽霊もやってきます。


「怖いひとたちが来るから、逃げなきゃならないんだ」


幽霊はお父さんの足元におかれた袋に気づきました。

中には、今まで見たことのないたくさんのお金が詰まっていたのです。


それからはあっという間の出来事。


真っ暗な冷たい部屋にふたりだけが残されました。


「もう、帰ってこないんですね」


幼くても、座敷わらしは家族がもう帰ってこないことを悟りました。


「わたし、人をしあわせにする妖怪だったんじゃないんですか?」


ぎゅっと幽霊に抱きついたまま、ずっと泣いていました。




三日三晩、涙を流し続けた座敷わらしの顔つきは、大人になっていました。


「幽霊さん。 

 わたしは座敷わらしだから、座敷わらしらしくいたい。

 次のおうちを探しにここを離れますが、幽霊さんも一緒に来てくれますか?」


「ぼくも君と同じ、福を招く、幽霊になりたい」


座敷わらしと幽霊の家族探しの旅がはじまりました。




あの家を忘れられるように、

もっと遠いところへ もっと遠いところへと、山々を渡り歩きます。

夢に描いたあたたかい場所を目指す仲間がいるからこそ、続けられたのでした。




そして、長い旅の先に、それはありました。




座敷わらしは、森の中に建てられた大きな一軒家を見上げました。

中からはにぎやかな子どもたちの声が聞こえてきます。


それは、あの日々を思い出させる声でした。


おびえた座敷わらしに、幽霊がやさしく背中を押します。


「おじゃましてみたら?」


「…はい!」


逸る気持ちをおさえて、座敷わらしは家へあがりこみました。




「わたし、ここに決めました!」




3人の小さな子どもたち、お母さん、お父さん。

家のとなりには小さな畑があります。

ふたりは、日が過ぎるたびに懐かしさと親しみを感じざるを得ませんでした。


そうして今日も、子どもたちの成長と家の円満を願います。


「座敷わらしがこの家族を見守っているからこそ、今があるんだ」


「いいえ。 頑張っているのは人間たちです」


にっこりと笑いかける座敷わらしの頭を愛おしそうに撫でた。


「その笑っている顔を見るだけで、不幸なぼくの過去は忘れられる。

 座敷わらし、ずっとそばにいてくれないか?」


「それは…! 人間で言う求婚ですか!?」


座敷わらしは頬を赤らめながらわたわたと慌てます。


「家族ってこういうことだと思っていたんだけど…ちがうのかな」


真面目な顔をしてつぶやく幽霊に、

座敷わらしは照れつつ言いました。


「わたしは人間のように死んだり、

 おばけのように消えたりしないので安心してください」


おでことおでこ同士をぴとっとくっつけてふたりで誓い合いました。




悪夢の夜を忘れかけていたある日。


いつも元気に畑仕事をしていたお母さんが床に臥せってしまいました。

お父さんはつきっきりで看病をして、

一番年上の子どもは下の子たちのお世話をします。

そのとなりで、座敷わらしは震える手を合わせました。


もう二度と繰り返したりはしない!




その願いに、神様はいつまでたっても応えてはくれませんでした。


幽霊の胸で座敷わらしがわんわんと泣きます。


「みんなをしあわせにする存在だって、神様が言ったのに! 

 だから生まれてきたのに!

 これじゃあまるで、不幸を連れてきたみたい…」


「座敷わらし。 どうか泣かないで」


止まない涙を、幽霊はいつまでも拭ってあげました。




ついに生活が苦しくなり、お父さんが村で泊りがけのお仕事をするようになりました。

寝込むお母さんと、外に出ずっぱりのお父さん、子どもが幼い子どものお世話…


ふたりが二度と見たくないと思った光景が、そのままここにはありました。




今日の夜は、お父さんが三日ぶりに家に帰ってくる日でした。


子どもたちは居間をうれしそうにかけまわり、

お母さんは痛むからだを起き上がらせて、お父さんの帰りを喜びます。

この家に、小さな光が灯りました。

久しぶりに家族の笑顔を見て、ふたりも同じく笑顔になりました。




みんなが寝静まった頃。


「幽霊さん。 幽霊さん。 起きてください」


「どうしたんだい?」


「わたし、家族のちからになりたいんです。

 なにができるかなって考えて…」


幽霊と座敷わらしは、

寒い冬を超すための暖をとる枯れ枝を集めに、森の中に入りました。




「ぼくはあっちのほうで集めるから、きみはここをお願いしていい?」


「はい!」


「良い枝をたくさん持ち帰ってあげよう!」





座敷わらしが、家の人たちを思い浮かべながら一本一本願いをこめて集めているとき、


がさがさがさ!


近くで木々がゆれる音がしました。

そこからゆっくりと鹿が顔を出して、動物だとわかった座敷わらしは安心しました。

前の森ではさまざまな動物と友だちになっていたため、慣れていたのです。


「こんばんは、鹿さん。 起こしちゃいました?」


「いんや~。 通りすがっただけさ。

 おや? きみは…」


「なんですか?」


「あの家の座敷わらしかい?」


「そうです! よくご存知でしたね」


「そりゃあ、動物たちにも有名だからね。

 座敷わらしとあの物の怪が一緒にいるなんて、驚きさ」


「物の怪?」


座敷わらしは首をかしげました。

鹿が答えます。


「次から次へと人間を不幸にしてきた疫病神さ。

 洪水で家ごと流されちまったり、盗賊に一家全員襲われたり、

 ひとつ前は夜逃げに追い込まれたって。


 聞いたよ。 今も大変なんだろう?

 君には害がないかもしれないが、離れたほうが身のためだよ」


鹿は自分に不幸が移ることをおそれて、そそくさと夜の森に消えていきました。




「使えそうな枝は見つかったかい?」


「幽霊さん…」


「そんな悲しい顔をして、何かあったの?」


裏表もない、心配する幽霊の顔がありました。

疫病神と知った今、幽霊との思い出をいくら思い返しても、

そこには、日向のようなあたたかな思いだけが残されています。


「不幸になるのは簡単なのに、幸せにするのって、どうしてこんなに難しいんですか?

 みんなが笑っていられる世界はどこにあるんですか…」


わからないです、と幽霊にすがりついた時でした。


火事だ!!!


遠くからですが、しっかりと聞こえてきました。


幽霊と座敷わらしが駆けつけたときには、

村総出で、燃える家の火消しに追われていました。

それをただ、ふたりは眺めることしかできませんでした。




大騒ぎの夜が明けると、静かないつもの森に戻っていました。

焦げた匂いがする中、はげしく燃えて黒くなった家が残されています。

ひとりの疫病神と、ひとりの座敷わらしは縁側だったところに腰掛けていました。


ようやく幽霊が口を開きました。


「ぼくは、いつも守れない…。

 大切にしようと思えば思うほど、なくなってしまう。

 ただの幽霊じゃなく、きみと同じ座敷わらしだったら、

 すこしは変わっていたのかな」


はじめて、幽霊の涙を見ました。

それは、地に落ちる前に、きらきらと輝いて なかったかのように消えていきました。


それを見て心配した座敷わらしが顔をのぞきこんで言いました。


「幽霊さんは、ぽかぽかで あたたかくて やさしい 良い幽霊さんですよ。

 それだけでいいのです」


座敷わらしは、やわらかく笑いました。

それを見て、幽霊も気を持ち直しました。


「ありがとう、座敷わらし。


 そろそろ旅に出るかい?」


「いいえ」


青い空を仰いで、座敷わらしが答えました。


「ここで、末永く、幸せに、ふたりで暮らしましょう」


二度と、不幸を外に出してはいけない。


それが人々を幸せにすることができる、わたしの本当の役目だったんだ…。


座敷わらしは幽霊の手をつかんで、ぎゅっと握りしめました。


その小さな手には有り余るほど、ぎゅっと、強く。



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