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執筆者の写真卯之 はな

ピラニアのえもの


ぼくはアマゾンに住むピラニア。


おとうさんもおかあさんも もういないけど、ぜんぜんさみしくない。


群れのピラニアたちはなかよくしてくれるし、


とてもにぎやか。


でも、みんなに知られてはいけないひみつがある。




「ねずみちゃん! おはよう」


ピラニアは水面から顔をだしてねずみにあいさつをしました。


「きょうは良い天気だね。 おはよう、ピラニアさん」


木陰からとび出て川辺にちかよりました。

ふたりは挨拶をかわします。

肉食を好むピラニアにとって、ねずみは最高の標的ですが

ピラニアはたべることなく友好的におはなしをしました。


「ぼくたちの仲間は、むこうで狩りをしているからだいじょうぶだよ。

 ねずみちゃんを傷つけるものはだれもいない」


「ピラニアさんは本当やさしいのね」


ねずみはくすくすと無邪気にわらいました。

その笑顔がピラニアにはとても愛らしくおもうのでした。


「ぼくは陸にあがれないけど…よかったらまた木の枝にのって

 おさんぽでもしないかい?」


「そう思っていたところ! ふだんできないから、

 ピラニアさんにお手伝いしてもらいたいな」


ねずみは浮かべるような木をさがし、川に下ろします。

飛びのってからピラニアは木をうまく誘導しおだやかな川をくだります。


「川のうえって、とてもきもちいいからやめられない!」


「ねずみちゃんが来たいっていうのなら、いつでも乗せてあげるよ」


「あんなに水が怖かったのに、ピラニアさんのおかげね」


そういわれて、少しのあいだピラニアは水につかりました。

恥ずかしくなって赤くなった顔を見られたくなかったからです。

しばらく川の水で冷やしたあと、また浮上しました。

ねずみはきもちよさそうに風に吹かれています。


「もう、水はだいじょうぶ?」


「うん。 親が水の事故にあってから、生きたここちしなかったけど

 迷子になったピラニアさんと出会ってわたしはずいぶん変わったわ」


「迷子になったんじゃない! ちょっと遠出しただけさ」


強がったピラニアに、ねずみはまたあの表情でくすくすとわらいました。

こうやってふたりの時間は川の流れのようにおだやかに過ぎていきます。


ぼくも、きみと出会って変われたんだ


ピラニアはその一言をいったら、

なかまたちにとても悪いことをしている気分になりそうで気が引けました。




「いつもたのしい時間をありがとう」


「こちらこそ。 ぼくと遊んでくれてありがとう」


いつもの時間にふたりはお別れの挨拶をしました。

ずっといっしょにいられなくても、またあしたの朝がある。

それがわかっていました。


「またあした」


「またあしたね、ピラニアさん」


群れからこっそり抜け出したピラニアはもどります。

ねずみはひとりぼっちのおうちへかえります。

きょうも一日、しあわせな時をふたりで送れました。




次の日。

いつもどおりねずみに会いに向かおうとすると、


「おい」


群れの長に呼びとめられました。

長というからには、力がつよく牙はだれよりも鋭く 狩りではみんなに

指示をあたえるのがとても優秀でした。


その彼に呼びとめられ、ピラニアはびくっと体をふるわせました。


怖くもありましたが、ひとりになったじぶんを拾ってくれた長に

感謝のきもちをいつも忘れず生活してきました。


「なんでしょうか…」


「なかまが見たかけたそうだ。 おまえ、ねずみと仲良くしてるらしいな。

 ピラニアにとって、食料ってことをわすれたのか?

 ぬけぬけとしてると、親のように死んでしまうぞ」


「あの子も、じぶんと同じ境遇でそれで仲良くなったんです!

 ともだちを食べるなんて、できません」


ほかのピラニアたちはざわつきます。

「ピラニアのはしくれにもおけねぇな」

「ねずみぐらい、おとなになればひとくちよ」

口々にこどものピラニアを責めました。

ピラニアはうしろに後ずさりします。


「いくらぼくの恩人でも…それには従えません!」


全力でこの場をはなれました。

きっと見せしめに群れでねずみちゃんを襲うつもりだ。

ぼくの本能をめざめさせるために、きっと…

いっこくもはやく、ねずみに伝えなければいけないと

あの場所へむかいます。


ねずみがいなくても、連れ戻されても、

今のピラニアになにかできることをしないと

後悔してしまうと思ったのです。





「え…」


「ピラニアさん!?」


そこには、ねずみが座っていました。

ひざを抱えて星空を見上げていたところ、声をかけます。


「どうして夜なのにここにいるの?」


「木にじゃまされて、ここじゃないと星がみえないの」


ふたたび空へと目をやりました。

ピラニアはのんびりしている眺めているねずみに、

切羽つまったようすで伝えます。


「ねずみちゃん、もうすぐでぼくの仲間のピラニアの群れがくるんだ。

 きみを、たべに。 

 ぼくが甘かった…ここに来ていたのを見られるなんて」


「あら、たいへん」


口ではそういっていますが、ねずみは動こうとしません。


「ピラニアさんも、わたしのことを食べてしまうの?」


「そんな! ともだちをたべるなんてことはしないよ」


「ともだちじゃなかったら、どうするの?」


「言ってる意味がわからないよ」


真剣なまなざしで、ピラニアを見つめました。

その目には怒りと悲しみを含んでいました。


「わたしの親は、ピラニアの群れにたべられたの」


「え…」


「言ったでしょ? 水の事故って。 もしかしてその中に君もいたかもね。

 でも、それってふつうのこと。

 ピラニアにとって、ねずみは食べられる存在だからしかたないの。

 ピラニアさんがたまにわたしのことを違う目で見ていたことも知ってる。

 

 本能は、変えられない」


空腹のとき、ねずみのことを無意識に獲物としてみていたことを知って

ピラニアはショックをうけました。

いますぐかみつけば、おいしい肉にありつける。


それはちがう とピラニアは反論することができませんでした。


「もう、会うことはできないのね」


「ごめんね、ねずみちゃん」


「ううん。 しょうがないよ。 きみはピラニアで、わたしはねずみ」


ねずみはゆっくりと立ち上がり、最後にピラニアに笑みをむけました。

それはさよならの意味もあり、感謝のきもちもありました。


「たくさんたべて、大きく立派なピラニアになってね」


うしろを向いてあるきだしました。

もうお互いここに来ることはありません。

それぞれの性に従って、生きることを選びました。

ピラニアにとって、ねずみを守る術はこれしかなかったのです。



「ねずみちゃんも、元気でしあわせに過ごして…」



水にもぐって、ピラニアの群れにかえっていきました。




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