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  • 執筆者の写真卯之 はな

ゆうふくな野良ねこ


ねこの暮らす場所は、だれも住んでいないおうちでした。

一匹の野良ねこは、このおうちをとても気に入っています。

古いからこそ、かべに穴があいて通りぬけが楽にできます。

それに、ソファやテーブルといった家具がおきっぱなしなのです。


きょうも野良ねこは、ソファに横たわってうたたねをしていました。


「そろそろごはんをたべに行くかぁ」


おおきくのびをしてから、おうちをでました。




町のやおやさんでおばちゃんにあまりもののやさいをもらい、

町外れのさかなやさんでおじちゃんに魚の切れはしをもらい、

野良ねこはすぐにおなかいっぱいになりました。


そして、いつものおうちにかえります。


「きょうもたくさん歩いて、たくさんたべたなぁ」


野良ねこは気ままな一匹暮らしをたのしんでいました。




ある日のこと。


野良ねこがおさんぽしていると、ねこの鳴き声がきこえてきました。

この町では野良ねこはめずらしいので

どこかの飼い猫かとおもいましたが、


「ねぇ…だれか、たすけて。 こわいよ」


たすけを呼ぶ声でした。


野良ねこがあたりを見わたすと、

民家のまえにあるダンボールから聞こえています。


「だれかいるのかい?」


気になって箱をのぞいてみると、

一匹の白ねこがちぢこまっていました。

白ねこがうえを見上げて、心細そうにいいました。


「ねこ?」


「野良ねこさ。 きみはどうしてダンボールのなかにいるんだ?」


白ねこはうつむいて答えました。


「お引越しするからごめんねってご主人さまに、捨てられたの。

 たぶん、見ず知らずのおうちに置き去りにしたんだわ。

 また、どこかに捨てられたら…わたし…」


にゃおん にゃおん と鳴きました。

そんな白ねこをただ放っておくのも気が引けるので、


「おれとおなじく野良になればいいじゃないか」


白ねこに提案してみました。


「野良ねこの生き方は知らない」


泣き止まない白ねこにしびれをきらせて、


「ここにずっと入っているつもりか?」


強い口調で聞きました。

白ねこは、はっとして野良ねこのほうをみます。


「ううん。 わたし、もう人間なんか信じない」


「じゃあ、野良になるんだな」


野良ねこはダンボールを手で押して横にしました。

その拍子に白ねこは、

ダンボールから投げだされるかたちでたおれてしまいます。


「いたい!」


「そんなんじゃ、野良ねこがつとまらないぜ。

 ついてきなよ」


野良ねこは、毎日なにかをする必要がないので

ひまつぶしに白ねこに付き合うことにします。

不安げな白ねこは、ちょっと距離をおいてついていきました。




「ここが、おれの家さ」


「ひとりで住んでいるの?」


「あぁ。 気楽で自由で最高さ」


野良ねこはいつものようにソファに座ります。

白ねこは、リビングを見てまわります。

裕福なかぞくが住んでいたのか、家具はとても高そうにおもえました。


「ねぇ、飼われたいっておもわないの?」


「ひとは好きだけど、飼いねこはえんりょしておくよ。

 きみは、これでひとがきらいになったりしたか?」


「よくわからない。 けど、きょうはとてもつかれたわ…」


白ねこはじゅうたんの上で横になってしまいました。

なんだか、じぶんだけ気持ちのよいソファで

寝ているのがはずかしくなります。


ソファからおりて、白ねこを鼻でつっついていいました。


「そこは床がかたいから、あっちで寝ろよ」


「ありがとう、野良ねこさん」


眠気まなこでソファにあがったとおもったらすぐに寝息をたてました。

そんな白ねこのすがたに、


「これからどうしようかねぇ」


とつぶやいて、もんもんと悩みつつ野良ねこもねむりました。




野良ねこの生き方をおしえるのはたいへんでした。

今まで不自由なく過ごしてきた白ねこにとって、

それはつらいことでしたが泣き言はいっさい言いません。

そのかくごに、野良ねこはすこし見直しました。


そして、いつもの食事のコースをおしえます。


「やおやのおばちゃんだ。

 いそがしくても、やさいをくれてなでてくれる」


「やさしそうなおばあさんね」


二匹はやさいをほおばりました。



つぎに、行きつけのさかなやさんにいきました。


「おっちゃんは捨てる部分だからあげるっていうけど、

 いつもおいしいさかなをくれるんだ」


「たしかに、すごくおいしい!」


二匹はさかなをほおばりました。




そんな日々を過ごしていくうちに、

白ねこも野良のせいかつになれていきました。


どうじに、野良ねこと白ねこは

知らず知らずのうちにたすけ合って生きるようになったのです。




野良ねこがいつものようにソファに座っているとき、

白ねこはだんろの上にかざられている写真たてをふと見つめました。


いぜんに住んでいた かぞくのもののようです。


おとうさん おかあさん それにふたりの子どもたち

そして、子どもに抱かれるねこ。


「野良ねこさん…」


「なんだい?」


ソファでうとうとしていた野良ねこが、

白ねこに声をかけられて目がさめました。


白ねこは、写真をみていいます。


「あなた、飼い猫だったのね」


みつめる先には、ねこがまんめんの笑みで写真にうつっていました。

野良ねこは、白ねこに近よってきて、語りだします。


「ここに住んでいたかぞくに飼われていた。

 なにひとつ不自由なく過ごして、大事にされた飼いねこだった。

 ある夜、気づくとだれもいなくなっていたんだ。 

 次の日も次の日もかえってこない。 

 そこから、野良ねこ生活のはじまりさ」


野良ねこは笑ってみせましたが、どこかかなしげに写真をみつめます。

そんな野良ねこの表情をみた白ねこは、



「にんげんなんて、だいきらい。 あなたを捨てるなんて。

 だいきらい…」



白ねこは泣きそうな顔で、野良ねこに寄りそいました。


「そういうなよ。

 町のやおやのおばちゃんも、さかなやのおっちゃんも、

 うれしそうになでてくる近所の子どもも…

 おれたち、好きだろ?」


白ねこは思い出します。

野良ねこでいるのも、ひとがたすけてくれているから。


野良ねこはいいました。


「そういうふうに、かなしんでくれるだけで十分だよ」




二匹はだんろのうえで


どんな飼いねこだったのか


どれほど愛されていたのか


お互いに語りあったのでした。




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