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執筆者の写真卯之 はな

やくびょうがみの ねずみ


ぼくは 屋根うらに住むねずみ!


子どものころ、日々たべものを探すだけで

せいっぱいのその日暮らしをしていた。


大嵐がきた日、強いかぜと打ちつける雨で

からだがぼろぼろで弱っていたんだけど、


ちいさいおうちが見えたんだ。


這ってなんとかおうちにはいってやりすごすことにした。


いつの間にかねむってしまって、朝がきた。


外はきのうがうそのように晴れあがっていて、

あのときは気づかなかったけど


色とりどりのしらないお花が咲いていて、小さな池があった。 


人間の家の庭にはいりこんでしまったみたい


ぼくは夜を明かしたおうちをあらためて見てみた。


ぼろぼろになった札に、”こたろう” とかすれた文字で書いてあった。


そうか ひとが飼っているどうぶつのおうちだったんだ!


ここに戻ってくるんじゃないかと心配したけど、


かなり古い小屋のようでどうぶつの匂いもしない。 


もういなくなっちゃったのかな


安心したらおなかがすいてきて、出て行こうとしたんだ。


でも、ひとの家のまどからいい香りがしてきた。


ぼくはそれにつられて まどをこっそりのぞいてみた。


おいしそうなクッキー!


だれかの手づくりのクッキーをわるいと思いながらも

一枚もらっちゃった。


美味しくて夢中でたべていたらだれかがきた。 


ぼくはすぐに身をかくした。


「あのひとがかえってきたら、びっくりするわね。 

 きょうは自信作!」


おんなのひとの笑顔はとってもかわいかった。


それでも人間はこわいから、すぐ立ち去って小屋にもどった。


行くあてもないし、ここにしばらくいさせてもらおう


からだが完全に回復するまで、お邪魔することにしたんだ。




それから、外にたべものを探しにいっては

すてきな庭にある小屋に戻る毎日がつづいた。


すぐ出ていくつもりだったけど、

居心地がよかったから帰ってきてしまっていた。


この家のひとは、ふたりで住んでいるらしい。


おんなのひとと、おとこのひと。 


いっつもにこにこなかよしで、

いってきます いってらっしゃい ただいま おかえり の挨拶を

毎日交わしていた。


ぼくはだんだんとそのふたりの生活がうらやましく、 そしてほほえましく思っていた。




きょうの朝はなんだかおかしいな。 


いつものジリリリっておおきい音がきこえない。


その音でおんなのひとが起きてごはんを作っていたんだ。


ぼくは心配になって、ふたりが寝ているおへやに忍びこんだ。


起こさなきゃ!


ジリリリと鳴る機械に体当たりして床に落とした。 


するとおんなのひとが飛び起きて、


「たいへん。 めざましかけ忘れちゃったのね。 

 朝ごはん作らなきゃ」


めざましっていう機械をひろって置きおなし、


そのままへやを出て行った。


なんとなく、ぼくはいいことをした気がした。


ごきげんになって外にたべものを探しにぼくもへやをあとにした。




ねずみは汚いいきものって思われているらしいから、

家におじゃまするときは

かならず外の蛇口でからだを念入りに洗った。


おんなのひとががんばってお掃除している

おへやを汚すわけにはいかないからね。


ぼくは、ふたりを知るたびにひとを好きになっていた。




しばらくして、おんなのひとはなぜか帰ってこなくなった。


おとこのひとは普段しないことを

おんなのひとがやっていたようにして過ごしている。


ぼくはよく家のなかを見ていたから、

おとこのひとが手こずっていることを


こっそりとサポートしてあげたんだ。


よけいなお世話だとおもったけど、放っておけなかった。




ある日、おんなのひとが帰ってきた。 


それも、赤ちゃんをだっこして。


かぞくが増えたんだ!


妙にぼくもうれしくなって、その日はひとり 小屋でお祝いした。




おかあさんが忙しそうにしているとき、

赤ちゃんが泣いてしまうことがある。


そのときはちいさいぬいぐるみを抱きかかえて

…ひとにとっては小さいぬいぐるみだけど


あやしてあげた。


声をあげてよろこぶ赤ちゃんはそれはかわいかった。


ふたりの子どもだとおもうと、余計そう感じた。



しあわせな生活をきょうもぼくは見守っている。



その頃からじぶんはなんだかまるで

座敷わらしになった気分になったんだ。




だいぶ時がすぎて、子どもはしゃべれるくらいになりました。

ねずみはしんしんと雪がふる日を、おとなしく小屋で過ごしています。


「あしたは屋根の雪かきしないとなぁ」


ずいぶん住み心地がよくなりました。

しばらく外にでなくてもいいように食料をたくわえています。

それに何かあったときすぐ家にはいれるよう、

自作の手袋と靴下をそなえてあります。

ねずみというじぶんを良く知っているからこその装備でした。


ねずみがうつらうつらと眠気にさそわれているとき、


子どもの悲鳴がきこえました。


「なんかあったんだ!」


手袋と靴下をはいて、声のしたほうへ向かいました。




「おとうさん、おかあさん! ありがとう!」


子どもの叫び声は、あまりのよろこびに出た声のようです。

ねずみはほっとしてまどから離れようとしましたが、

子どもが抱いているものに釘付けになりました。


それは一匹の毛むくじゃらで縞模様のねこでした。


鳥肌が一気にぞわっとたって、いつまでたっても収まりませんでした。




それからというもの、子どもは猫に夢中であそんだりなでたり、

精一杯愛情を注ぎました。


ねずみはめったに家にはいらなくなりました。


まどから眺めても、

ねずみにとっておもしろくないことばかりだからです。




存在を知られていないのに、なんだか捨てられたようにかんじました。


かぞくを見守っていたのはぼくなのに、と悲しくなりました。


「ぼくもねこだったら、好きでいてくれるのかな…」




じぶんは汚いねずみで、愛らしいねことはちがう

ひとを喜ばせるねこと、追いやられるねずみとはちがう


おなじどうぶつでも、ちがうんだ…


ねずみは小屋でしずかに泣きました。




ある朝。

ねずみは蛇口でまえより丁寧にからだをみがきあげました。

洗いのこしがないように、念入りに。


まどから台所にはいります。


なにをするわけでもなく、テーブルにただねずみは立っていました。


すると、晩ごはんの支度をするためにお母さんがやってきました。


テーブルにいるねずみを見るやいなや…


「やだ!!! ねずみ! お父さん! お父さん! 

 台所にねずみがいるの!! 

 はやく追い払って!」


慌てるおかあさんの姿を、

ねずみは見つめるだけでうごきませんでした。


急いでやってきたお父さんの手には、

分厚くまかれた新聞紙があります。


「しっ!! しっ!!」


ねずみに対して乱暴に新聞紙をふります。


ようやく、ねずみはうごきました。 


そのまままどから身をなげだして、小屋にもどらず、

無我夢中で走ります。



これが、ねずみのぼく… まるで やくびょうがみだ



目的地もなく、はしりつづけました。



どうかしあわせに さようなら ぼくのかぞく



古びれた小屋のなかには、たくさんの食料だけが残されました。


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