おうちから、ピアノの音がきこえてきています。
そのピアノをひくのは、女の子。 ですが、それは電子ピアノでした。
女の子は、何度もおなじフレーズを練習しています。
うまくいかなくて、ちょっとごきげんななめのようです。
それをなだめるように、
女の子のひざもとにねこが飛びこんできました。
「わっ!」
女の子はちいさな悲鳴をあげましたが、
ひざうえでごろごろするねこをやさしくなでました。
もうそろそろ、きゅうけいしよう?
ねこの声は女の子にはきこえませんが、にゃーにゃーと
ないてみせます。
「あそびたいの? しょうがないなぁ」
ねこをかかえて、女の子はじゅうたんのうえにすわります。
おなかをむけるねこに、毛をわしゃわしゃしてさわりました。
これは、そんな女の子とねこのおはなしです。
ねこはきょうも、かまってほしいきもちをさいしょはおさえます。
女の子は、聞くたび日に日にうまくなっていきました。
数日後に、しけんがあるので手をぬけません。
でも、ある部分でつっかえてしまいます。
「どこがおかしいんだろう」
首をかしげる女の子に、チャンスだ と言わんばかりに
けんばんにごろごろしました。
そんなねこをみて、女の子はけたけたと笑います。
「なにしてるのよ。 あ! そうだ」
またねこをひざのうえにのせました。
こんどは、ねこの手をけんばんにおきます。
「いっしょにひいてみる? たのしいよ」
女の子は、さきほど練習していたところを力まずにひいています。
ねこはそれにあわせて…
と、いってもリズムをとるだけでしたがひいてみました。
おんがくってこんなにたのしいんだ!
はじめてさわる けんばんのかんしょくに、ねこはかんどうしました。
問題のフレーズにさしかかりましたが、
つっかかることなくひくことができました。
「できた!」
そのままさいごまで曲をおわらせました。
「あなたって、さいこうの先生ね!」
女の子のほうから ほおずりしました。
ねこはなきます。
にゃー。
なんだか、照れちゃうな
そういって、おかえしにおかおをなめてあげました。
数日後のしけんに受かり、女の子は気が楽になったようです。
「ね! きょうも一緒にひこう!」
毛づくろいしていたねこを抱いて、けんばんの前にすわります。
やった! きょうもいっしょにあそべるんだ!
外に、ちょっといびつな音楽がしばらくながれていました。
だいぶひけるようになってきたぞ!
毎日女の子とあそんで、ねこはへんなじしんがつきました。
女の子がいっしょうけんめい新しい曲を練習しているときは、
しかたがなくおとなしくすることにしました。
いっしょにいろんな曲をひきたいんだ
ごろごろと ねっころがってひまをつぶしました。
きょうは、女の子のたんじょう日。
ねこはいつもより高いねこ缶をいただきました。
女の子は…なんと、ほんもののピアノをプレゼントされました。
おとうさんとおかあさんがおどろかせようと、
こっそり部屋に はこんでもらったのです。
まずはおとうさんとおかあさんに抱きついてから
ピアノをやさしくなでてみました。
あんなにしあわせそうなかおをすると、
ぼくもうれしくなっちゃうよ
ねこは
にゃー。
と、ないて女の子のあしもとにすりすりしました。
よかったね
それから、女の子は よりねっしんにピアノの練習にはげみました。
いつもいじょうにかまってもらえず、
たまに部屋のそとにだされてしまいます。
もう! いっしょにいたいのに
まえみたいにいっしょに ひきたいのに
よこになっていたねこでしたが、ひざもとにジャンプして
けんばんを叩こうとしました。
だけどすぐさま、
「だめ! ピアノがきずついちゃうんだから!」
すぐに女の子はねこをどかしました。
「おかあさんー。 そっちの部屋にいれてあげて」
ねこは、おかあさんに抱っこされて居間にうつされました。
いままでみたいに、あそべないの…?
かなしくなり、ソファに力なく横たわります。
あのピアノさえ、おうちに来なければ…
そうおもっては、女の子がかなでるメロディをきいていたら、
それはふくざつなかんじょうになりました。
それから、ねこは女の子のじゃまをすることはしませんでした。
あそぶときはあそんで、女の子がピアノをさわるときは
そっと部屋をでていきます。
そのかんけいが、長いあいだつづきました。
ねこは、ずいぶんこのおうちに飼われていたので
だいぶお年寄りになりました。
女の子は、このおうちでずいぶん練習していたので
だいぶおとなになりました。
春がきて、あたたかくなってきたころでした。
女の子の部屋は家具をのこし、物がなくなっていました。
そのなかに、ピアノがあります。
にくいあいてが、目のまえにいます。
なんだか だんだん腹が立ってきました。
まわりに人がいないか かくにんします。
イスにあがり、すこし たたいてやろうかと手をのばしましたが…
けんばんには、女の子がたくさん練習したとおもわれる あと が
何ヶ所かありました。
よくみれば、そこばかりでなくいたるところにありました。
ささいな傷だけではなく、
うまくいかないときに傷つけたとおもわれる跡もあります。
こころとおなじくらい大切なピアノを
こんなに傷つけても
こんなに悩んだりしても
ピアノをやめなかったんだ…
いままでちょっかいを出すか出すまいか考えていたねこは、
じぶんがはずかしくなりました。
「なにしているの?」
とびらのところに、女の子がぽかんとしたかおで ねこを見ています。
ま、まずい!
おこられるとおもい、すぐにイスからおりました。
女の子はそんなねこに声をかけました。
「ずっと、家中さがしていたんだよ。 おいで」
ねこを抱きしめて、女の子はピアノのイスにすわりました。
ねこはこんわくしているとも知らずに、つぶやきます。
「このピアノをつれていけるところじゃないの」
ちょっぴり切なそうなかおをして、
右手でけんばんをさわりながらねこにいいました。
「いっしょに、ひこっか」
女の子の手から ちいさいころに ききなれた曲がながれます。
その両手のまんなかに、ねこもそっと二本そえました。
おうちの外には、ちょっといびつなせんりつがつむがれていきました。
Comments