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  • 執筆者の写真卯之 はな

きんぎょばちを とびだして


きょうはお祭りの日。

さまざまな屋台がたちならび、

ひとのにぎやかな声がきこえてきます。


そのひとつのお店では、たくさんのきんぎょたちが

空気でふくらむプールのなかを泳いでいました。


「あぶなかったよ! すくいあげられるところだった!」

「必死で泳いだら、あの子あきらめてくれたよ」

「水からあがった子たち、しあわせになれるのかしら」


きんぎょたちはざわざわと騒いでいました。


不安がっているきんぎょのなかに、

ひときわせわしなく泳ぐ一匹のきんぎょがいます。


「ぼくはここから早くでたいよー! せまいんだもん!」


ぴちゃ!ぴちゃ! と、とびはねていました。




なんにんか子どもがきんぎょすくいをしましたが、

あみがすぐにやぶれてしまい、かえっていきました。


日もすっかり沈んで、そろそろお祭りもおひらきというころ。


「わぁ! おかあさん、みて。 きんぎょさんがたくさん!」


女の子がひざを折って、きんぎょのプールのなかを

きょうみしんしんにのぞきます。

おかあさんが、屋台のひとにおかねをはらうと、


「やってみなさい。 これがおわったら、かえるわよ」


「やったー!」


きんぎょすくいのあみをぎゅっと手ににぎり、

どこをすくおうか、かんがえました。


これが、さいごのチャンスだ!


一匹のきんぎょは、アピールをするためにとびはねてみせます。

女の子がそのきんぎょを見ると、


「このげんきな子がいいな!」


みるやいなや、きんぎょ目がけてあみを水につけました。

すいっとすくってみましたが、あまりのいきおいに

すぐにやぶけてしまいました。


がっかりした女の子が言います。


「きんぎょさん…」


「さ、行きましょう」


おかあさんに手を引かれ、

名ごり惜しそうに金魚を見つめていると、店主が


「おじょうちゃん。 

 もう今日はお店はしめるから、

 さいごのお客さんにサービスしてあげるよ。

 一匹すきな子をえらんで、持ってかえってあげて」


そういうと、女の子はきらきらした目でおかあさんを見上げます。


「おかあさん、いい!?」


「お礼をいいなさい」


「おじちゃん! ありがとう!」


もう一度、プールのなかをじっくり見ます。

きんぎょは、"さいご"ということばを聞いていたのできょう一番の

ジャンプをしました。


ぼくはここだよ!


「あ! さっきの子! おじちゃん、この子がいい!」


「あいよ。 ちょっと待ってね」


そして、女の子は きんぎょの飼い主になったのです。




はじめは、なれない環境でとまどいました。


まるいきんぎょばちに一匹でいるにもかかわらず、

あのすいそうにいたころよりも狭くかんじます。


女の子はきんぎょに声をかけながら、

はちをこつんと指で叩くときがありました。

ことあるごとに、こつん とするものですから

うとうとしているときだと、とてもおどろいてしまうのでした。


きもちよく寝ているときにされると、

きんぎょははちのなかで飛びはねて水しぶきを女の子に浴びせます。



「きゃ! この子ったら!」



はじめはいらっときたきんぎょでしたが、

このけたけたと笑ううれしそうな女の子を見たら、

どうでもよくなりました。


そういうやりとりをしているうち、

玄関のぴんぽんを押すようにこつんと叩いてくると、

女の子が話し相手をほしがっている合図ということがわかりました。


こつん

「きょうはね、学校で…」


こつん

「おとうさんがおやすみの日に…」


かなしいこと、たのしかったことをはなしてくれるので、

きんぎょは女の子のことをだれよりも知っていました。


こつん

「おやすみなさい」


するときんぎょも、こころのなかで

「おやすみなさい」

と、女の子にあいさつをするのでした。




あるとき、居間でおかあさんと女の子がけんかしていました。

おおきい声だったので、はちのなかまでよくひびいてきます。


「おかあさんは、なんにもわかってないんだから!」


そう言いはなつことばが聞こえたかとおもうと、

きんぎょばちの前に女の子がやってきました。


どうしたんだろう


心配そうに女の子を見つめていると、からだがぐらっとゆれました。

女の子がはちを抱きかかえたのです。

そのまま、いきおいよく家を出ました。




女の子が気をつかっているにもかかわらず、

水はたてにも横にも ゆれてしまいます。

きんぎょはそのゆれに酔いそうになりました。


くるくると水のなかでゆられていると、

とつぜんひかりがなくなり、真っ暗になりました。

公園のどかんの中にはいったのです。

落ち着ける場所にきたようで、

女の子は抱きかかえたまま地面にすわりこみました。


どうじに、大粒のなみだがきんぎょの水にぽちゃりと落ちました。


泣いているの?


水がどんどんとしょっぱくなっていきます。

きんぎょは水からかおを出しました。

つぎからつぎへとあふれだす涙をみて、きんぎょは思います。


この子の、おかあさんもおとうさんも知らないようなこと、

たくさん教えてもらっているのに

ぼくはなにもしてあげられない…


ぼくはこれくらいしか


きんぎょは女の子のかおの前で高く飛びはねました。

すると、いつも以上に水がはねてかおじゅうがびしょびしょになってしまいました。


なみだはふいてあげられないけど、流してあげられることはできる


またなみだがこぼれそうになったときに、とんでみせました。

もう水なのか、なみだなのかわかりませんでしたが、

女の子は泣きがおからいつもの笑顔にかわります。


「もしかして、心配してくれたのかな?」


心配にきまってるじゃないか!


「ごめんね。 

 わたし、わがままだからいつもおかあさんを困らせちゃう。

 そろそろかえって、ごめんなさい 言わないと」


きんぎょばちをやさしくなでて、立ち上がりました。


かえりみち。

女の子は途中ちょっと寄りみちをしながら、

きんぎょに町案内をしてあげたのでした。




あれ以来、女の子とおかあさんはけんかをしても、

すぐに仲直りをします。

たまに女の子の不満をきくのも、きんぎょのお仕事でした。




屋台でもらわれてから、長い間の月日が経ちました。


このきんぎょばちでは、さすがにからだにちいさく、

きゅうくつさをかんじるようになりました。

たまに、尾びれやあたまがはちに当たってしまいます。



女の子が、こつんとはちを叩きました。

それで、きんぎょが目を覚まします。


まだ早いんじゃないの…?


女の子はさみしそうな笑顔で言いました。


「これからいっしょにお出かけよ」




おとうさんもおかあさんも早起きをして、

みんなでくるまにのりました。

おとうさんは安全運転で、何度かのっているきんぎょも

安心してのっていられました。

まがり角にあたるたび、水がちいさくゆれます。


そのたびに、抱きかかえる女の子の手に力がはいりました。


なんだか、みんないつもと雰囲気がちがうな…

ぼくはどこにつれていかれるんだろう?


不安そうに、水からかおを出して女の子をみました。

それに気づいたのか、


「だいじょうぶだよ」


はちをやさしくなでました。




ある場所につきました。

それは、家とさほど変わらない 別の家でした。


おとうさんとおかあさんが、

知らないおじいさんとおはなしをしています。

そのあいだ、女の子はきんぎょを抱いたまま

車のなかで待っていました。


「ちいさい頃から、ずっといっしょだったね。

 学校にいくときも、かえってくるときも、おうちにいてくれた。

 あの日、おぼえている? おかあさんとけんかした日。

 きみは、わたしをなぐさめてくれたよね」


そうさ! ぼくのだいじなひとが、

かなしんでいるかおをみたくないもの!


「わたしはあのとき、おとなになって 

 はじめて素直にあやまることができたの。

 だから、こんどはきみがおとなになる番だよ」


おかあさんが手を振って、女の子を呼びました。

それを見て、ひとりと一匹は車をそっと降りました。




「もっと、広い世界でのびのびと生きてね」


きんぎょばちをかたむけて、水が一気に流れだしました。

きんぎょもそれといっしょに落ちていきます。


ばしゃんとたどりついたそのなかは、


たくさんのおおきなきんぎょ!


からだのおおきなきんぎょたちが、

のびのびと広いすいそうを泳いでいました。

新入りに、みんなが声をかけます。


「きみ、どこの生まれ? ぼくはペットショップ!」

「ここのご主人さまはとてもやさしいのよ」

「すいそうのお手入れもまめにしてくれるし、

 病気になってもすぐに手当てしてくれる!」

「飼い主とはなれるのは辛いけど、すてきなところさ」



ぼくがおおきくなったから、ここにつれてきてくれたんだ…



うえをみると、またいつかの泣きそうなかおをしていました。


それをみて、とっさになにかしなきゃ!とおもいました。


きんぎょはこのおおきくなったからだと、

助走をつけられるすいそうで、

いままでにない高いジャンプをみせます。



ここまで育ててくれて、ありがとう!



空気を切って、水にとびこむと

ばしゃーんっと水しぶきがとび、女の子のかおをぬらしました。


「もう! いつまでたっても、やんちゃなんだから!」


女の子は、すぐにきらきらとした笑顔にもどりました。


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