森をうさぎがぴょんぴょんとおさんぽしています。
日ざしが 木々のあいだから差しこんできもちの良い日でした。
ぴょんぴょんと調子にのってまっすぐすすみます。
だんだんと緑がこくなり、いつの間にか日がかげる森へと
はいってしまっていました。
それに気づいたうさぎは、急にこわくなり
「まっすぐきたんだから、反対をむいて走ればだいじょうぶね!」
くるっと向きをかえて、ちから強くじめんをけって走ります。
どれくらい走ったでしょうか。
いっこうに 日ざしが降りそそぐ場所にたどりつけません。
みわたしても、うすぐらい森がひろがっているだけです。
いままで聞いたことのないような 不気味なとりのなき声もします。
うさぎはこわくなって、その場でまるくなってしまいました。
「どうしよう。 どうしよう」
わるい想像ばかりが、あたまのなかをぐるぐるします。
そんなうさぎに声をかけるどうぶつがあらわれました。
「どうしたんだい? こんなところに うずくまって」
かおをあげても、うす暗さで相手のかおがわかりませんでしたが
とてもやさしい声でした。
それに安心して、うさぎははなしはじめます。
「おさんぽをしていたら、いつのまにか迷ってしまって。
わたしが住んでいるところは、おおきな滝があるところなんです。
知っていたら、帰り道をおしえてください」
すがるように、うさぎはうったえました。
すると、むこうがうさぎの近くに歩みよってきました。
ぼんやりしていたそのかげは、だんだんとはっきりした姿になります。
するどい牙をみせつけるかのように、おおきな口をあけてこういいました。
「見るからに歩きつかれているじゃないか。
おれのおうちでゆっくり休んでいけばいい」
うさぎは、はっとしました。
日がさしたその瞬間、毛むくじゃらのからだが目の前にありました。
どこをどうみても、おおかみです。
あぁ たべられてしまう
いたいかな くるしいかな
考えることをやめるように、うさぎはぱたりと たおれてしまいました。
「ん…」
うさぎがめをさましました。
だんろの火のあかりがまぶしくて、一瞬くらっときました。
「わたし、なんで…」
徐々に記憶がもどってきます。
暗い森に迷いこみ、そこで出会ったおおかみにおどろいて
気を失ったことはおもいだしましたが、
なぜこんなところにいるのか、まったくわかりませんでした。
ゆっくりとまわりを見渡してみると、
ここはすてきな木の家具でととのえられたお部屋でした。
それと食欲をそそられる いいかおりがします。
だんろの火がぱちっと音をたてて燃えたとき、
へやのドアがゆっくりと開きました。
はいってきたのは、さいごに見たおおかみでした。
おおかみを見るやいなや、
「こないで! わたしをたべるつもりなら、やめたほうがいいよ!
肉付きわるいし、きっとたべごたえがないわ!」
うさぎは 声をあげてせいいっぱいの抵抗をしました。
腰がぬけて、にげられないからです。
おおかみは困ったかおをして、
「それじゃあ、余計たくさんたべないと。
つかれただろう? あたたかいスープとパンをもってきたよ」
すっかりおびえてしまったうさぎを、これ以上こわがらせないように
そっと床におぼんをおきました。
ふわっといいかおりがします。
うさぎの鼻が無意識にひくひくとうごいて、のどをごくりとならしました。
おなかはぺこぺこです。
たべものにくぎ付けになっているうさぎを見て察し
おおかみは部屋からでていきました。
うさぎはてっきりたべられるとおもっていたので、呆気にとられました。
それでも鼻のひくひくはとまりません。
おぼんへすりよって、もういちどにおいをかぎます。
同時にいきおいよく、スープに手をのばしてごくごくとのみました。
「…お、おいしい!」
毒がはいっているかもしれないという考えよりも、
目の前の料理にこころが負けてしまいました。
つづけてこんがりやけたパンを口にします。
ふわふわな生地と、こむぎの味わいがたまらなくおいしかったのです。
でも、どこかでたべたような ふしぎとなつかしい感覚がしました。
それがなんなのかよくわかりませんでしたが、
おぼんにのっていたたべものを ぺろりとたいらげてしまいました。
まんぷくになったうさぎはだんろの前であたたまっていると、
ふたたびおおかみがあらわれました。
「…すこしはげんきになったかい?」
身がまえたうさぎでしたが、よくしてもらったおおかみに
さきほどよりは警戒心をときました。
かすれた、ちいさな声でへんじをします。
「とっても、おいしかったです」
「それはよかった!」
空になったお皿のおぼんをてにとり、
おおかみは牙をみせてうれしそうにほほえみました。
そのえがおは、むらのどうぶつたちと何もかわらず ほっとさせました。
「おちついたら、きみのむらのちかくまで案内するよ」
「ほんとう? たべたりしないの?」
「おれはパンがあれば十分さ。
それに、きみたちにはいつもお世話になっていたからね」
そのことばに、うさぎは首をかしげましたが
きく前に、おおかみはへやを出ていってしまいました。
しばらくして、うさぎはおおきく背伸びをすると
「そろそろ、かえろう。 でも、ほんとうにかえしてくれるのかな」
ゆっくりと立ち上がりました。
おなかいっぱいになったところで、
あとでおいしくいただくのではという考えがよぎりましたが
あのおおかみはわるいおおかみにはみえませんでした。
しずかにとびらを開きます。
すると、さっきよりいっそうパンのかおりをつよく感じました。
かまどに火をくべていたおおかみは、とびらの開くもの音に
ぴくりと耳が反応しました。
「うさぎちゃん、もうだいじょうぶそうかい?」
「お、おかげさまで…ありがとうございます。
ごはんまでごちそうになって、とても助かりました」
「なによりだ」
それをきいて安心したおおかみが、またかまどに目をもどしました。
興味がわいてしまったうさぎがおおかみにたずねます。
「それはなんですか?」
「これかい? いまにわかるさ。
ほら!」
かまどからでてきたのは、あつあつの焼きたてパンでした。
うさぎは遠慮がちにおおかみのちかくに歩みよりました。
「すごく…おいしそう!」
「これは、パン生地のなかにドライフルーツをたっぷりつめこんだ
みんなに評判のパンなんだ。
おれ自身、これがだいすきさ」
「みんなに、評判?」
おおかみはパンをちぎって、うさぎに手渡しました。
できたてでしたので、ふーふーと冷ましてから
ぱくりと一口でたべました。
やきたては、とくべつまたおいしい!
また、こころの底からなにかわきあがる感情がありました。
むかし、うさぎが幼かったころ、
おかあさんが朝がた早くに広場でおしごとをしていました。
それを終えると、おうちにもどり
こどもたちの朝食のパンを切り分けます。
姉妹たちのあさごはんとして、かわいたフルーツたっぷりのパンを
毎日たべていました。
なつかしさと、このあじが、すべてつながりました。
おかあさんが作っていたとおもっていたものは、じつは
おおかみが作っていたのです。
わたし、このぱんがだいすきだった!
「おれはおおかみだから、なかなかむらにはちかづけなくて。
でも、どうしてもこの自信作をいろんなひとにたべてもらいたい。
その一心でつくっている」
「わたし、この味にこころあたりがあるんです。
ちいさいころ、毎朝このパンをたべていました。
待ちきれず、はやおきをするくらい。
でも、どうやっておおかみさんは
むらに届けることができたんですか?」
「それは、こことむらを行き来してくれたうさぎがいたからさ。
ほんとう、そっくりだな。 こんなかんじだったよ。
おおかみのおれをこわがっていたのに、パンを口にすると
目をかがやかせて なついてくるんだもんな。
これはほかのどうぶつたちにもたべてもらうべきだっていって、
むらに持っていってくれた。
いまはもう、この森の住人くらいしか
たべてもらうことしかできなくなったが
おいしいといってくれるだれかがいるだけ、作るかちがあるさ」
数年まえ、
おかあさんはこの森のおおかみたちに大怪我をおわされた。
それでも「どうぶつだから、しかたないのよ」といって
いつものやさしいかおのまま、ねむってしまった。
それから肉食どうぶつが だれよりもおそろしくなった。
けれどあのときのおかあさんのことばは…
「おおかみさんのつくるすてきなパンを、
もっとほかのどうぶつたちにたべさせたい」
「え?」
「わたしでよかったら、おてつだいします。
おかあさんがそうしたように…」
おかあさんが、暗い森をこわがらなかった意味がわかった気がする。
きっとこのおおかみさんのパンが、
草食どうぶつのおかあさんのこころを変えたのだ。
「じつは、さいきん手を痛めてしまってたいへんなんだ。
ちからを貸してほしい」
「よろこんで」
これがおかあさんの愛したもので、
わたしを元気におおきく育ててくれた…
この味を守らなければと、こころからおもったうさぎでした。
「やきたてのパン、おまたせいたしましたー!」
うさぎは広場の真んなかで呼びかけると、
たくさんのどうぶつたちに囲まれました。
フルーツたっぷりのパンを求めるどうぶつであふれています。
うさぎと、おおかみのつくるパンは きょうも盛況です。
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