あさも よるも 暗いあなぐらで一日をすごすしろうさぎがいました。
ひさしく あさひも つきあかりも あびていないためか、
ますますしろく見えます。
しろうさぎは、ながいあいだ そとへ出ることはありませんでした。
「しろうさぎちゃん、しろうさぎちゃん」
とびらの向こうがわから だれかがやってきました。
しろうさぎは 読みかけの本をそっととじると とびらをあけました。
じぶんよりもからだの大きい 毛むくじゃらのくまがそこに立っています。
「きょうは 朝いちばんにしゅうかくしたにんじんと、
ねずみくんからのおすそわけでもらったほうれんそうだよ」
「いつもありがとう くまさん」
「それと あたらしい本を数さつ」
たべものと本をうけとると、
しろうさぎはくまにぶあついノートをさしだしました。
それは、しろうさぎがたくさんある時間のなかでかきあげた小説でした。
くまはだいじにかかえると、
「みんなつづきをたのしみにしているんだよ。 もちろん、ぼくもね。
またなにか足りないものがあったら あしたおしえておくれ。
すぐに、はいたつしてみせるから」
くまは にっこりえがおでさよならの手をふり かえっていきました。
しろうさぎはくまのせなかを見送ったあと、よわよわしくつぶやきました。
「また あした」
しろうさぎは手をふりかえすと、とびらをぱたんとしずかにしめました。
夕食をたいらげると、しろうさぎはさっそくつくえにむかって
文をかきはじめます。
ときおり まどからみえる暗やみの森をながめて
ものがたりを考えてはえんぴつを走らせます。
ですが そのいきおいがとつぜんとまり、
しろうさぎはまたむずかしいかおをして
森に目をやりました。
「あめがふったあとの草って どんなにおいだっけ」
「かわをながれる水の音が まったく思い出せない」
わたしのおともだちだった子の なまえさえ忘れてしまった…
しろうさぎは きゅうに こころのどこか でぽっかりと
あいた穴に気づきました。
でも、どこか なにか がわかりません。
このきもちがわからないままでしたが、
ふたたびえんぴつをにぎりしめました。
ですが すぐにまた真っくらやみのなかの木々をみつめ、
「きょうは もうおわりにしよう」
すこし らんぼうにノートを閉じて ベットにもぐりこもうとしたとき
とんとん とん
とびらのたたく音がきこえました。
しろうさぎはびくっとからだをふるわせ、とびらのほうに目をやります。
おうちをたずねてくる知り合いはいないはずだし、
くまにたのみごともしていません。
また
とん ととんっ
やさしい音がへやにひびきました。
しろうさぎはおそるおそる とびらへ近づき、
かぼそい声でといかけました。
「どちらさまですか?」
しばらくして、やわらかい声のへんじがかえってきました。
「よるおそくにごめんなさい。
ぼく、やこうせいだから…なかなかたずねられなくて。
じつは あなたの書く本がだいすきなんです。
なにか 力になりたくて!
よかったら、おうちでそだてている柿をさしいれに…」
こわいどうぶつじゃなさそう と、とびらをちいさく開きました。
目のまえには、うけとってくれるかと不安げな あなぐまがいます。
柿がいっぱいはいったかごを持っていました。
「これからも たのしみにしています!」
あなぐまはそそくさと地面にかごをおき、
暗やみの森へ走りさってしまいました。
しろうさぎは しばらくぼうぜんと立ちつくしてから
かごをそっとかかえると
ひとかじり
さっきまでのどんよりしたきもちが晴れるほどの
あまくておいしい柿でした。
それからというもの
朝にはきまって くまがしんせんな野さいと本をとどけてくれます。
夜にはきまって とんとん とノックのあととびらを開ければ
もも ぶどう なし といったくだものが
ひがわりで上品にならべられているのです。
いちど うしろすがたを目にすることがありましたが
やはりそれは柿のさしいれをしてくれた あなぐまでした。
ある日のこと。
いつもどおり、えんりょがちにとびらがたたく音が聞こえると
しろうさぎは
「まって!」
むこうまできこえる声で、あなぐまをひきとめました。
どうしても おれいが言いたかったのです。
いるかいないかわかりませんでしたが、
あけると、そこにははずかしそうにからだをもじもじさせた
あなぐまがいました。
りんごがはいったかごが、じめんにおかれています。
「やっぱり、きみだったんだね。
いつもおいしいくだものをありがとう。
きのう くれたみかんがまだあまっているの。
よかったら おうちでいっしょに食べない?」
「いいんですか?」
「きみがとってきてくれたものなのに、おかしいこと言うんだね」
うさぎはくすっと笑って、あなぐまをまねき入れました。
ほんとうのところ
小説がこのあいだからすすまず、どうしたらいいかと
日々かんがえていたのです。
おしゃべりはにがてだけど、なにかひらめきがあるかもしれない。
お礼をいうはずだけが、いきおいであなぐまを招待してしまいました。
「なんか、ゆめみたいです。 おうちにいれてくれるなんて」
あなぐまはみかんをほおばり、ゆめごこちのひょうじょうで
しろうさぎにいいました。
「ふつうのうさぎで、ふつうのおうちだよ」
「でも、あんなすてきな作品を書けるなんて すてきなことです。
ぼくは ずっとあなのなかで生活していたけど あなたの小説をよんで
げんきをもらったんだって 伝えたかった」
「ずっと あなのなかにいたの?」
「しろうさぎさんと おんなじです」
その一言が なんだか なかまができたようで
しろうさぎはうれしくなりました。
それとどうじに じぶんのつくったもので
ほかのどうぶつに勇気をあたえられたことが
たまらなくここちよくもありました。
ですがふしぎなきもちをかんじて以来、
つくえにむかっても文をかくことができません。
しろうさぎはすこしうつむいて、
ぽつりぽつりとじぶんのことをつぶやきました。
「もう 書けないかもしれない。 ずっとおうちにいるものだから、
そとのかおりもおとも、忘れてしまって 文字にできないの。
ねぇ あなぐまさん
わたしのかわりに そとのことをおしえてくれないかな?」
そのことばを口にしたあと、しろうさぎとあなぐま
どちらも悲しいかおをしました。
しばらくしたあと、
「ぼくは しろうさぎさんのちからにはなれないよ」
ふりしぼるようにへんじをしました。
そのこたえに しろうさぎはますます悲しくなって、
目いっぱいになみだをためました。
「しろうさぎさんが かんじたことを書かないと いみがないんです。
それは ぼくの本になってしまうから」
「そう…」
しろうさぎのなみだがほっぺをつたいました。
「しろうさぎさんの本をまちどおしくしているみんなも ぼくも
本のなかのとうじょうじんぶつも、
そろそろもりの空気を吸いたいとおもうんです。
しろうさぎさんも 息をしたいんじゃありませんか…?」
しろうさぎは とたんにのどがつまるかんじがしました。
息ぐるしさをかんじ、
いつもながめていた机のまえのまどをあけようとしましたが、
ながいあいだしめきっていたため なかなかあきません。
そこで、あなぐまのちからもいっしょにくわえると
がたん
まどがぜんかいに開き、
さらさらとしたきもちのよい夜風が
部屋いっぱいにながれこんできました。
むねいっぱいにしろうさぎは息をすると
「よるのかぜ!」
まどに みをのりだして夜空をみあげました。
そして なみだをぬぐい とびらにかけよります。
いっしゅん迷いがあったものの すぐにそとへ飛びだしていきました。
あなぐまも しろうさぎにつづきました。
じぶんのおうちを しずかにみすえて しろうさぎはおもいました。
そとには つらいこと かなしいこと たくさんあったけど
こんなすてきなものにかこまれていたこと
すっかりわすれてた
あなぐまとしろうさぎは あめがふってもそとでむじゃきにあそびました。
「しろうさぎちゃん、そこはみずうみのほうがいいんじゃない?」
「どうかな。 しずかなそうげんがあうとおもうけど」
ふたりは並んで机にむかいながら
ああだの こうだの はなしあっています。
ひととおり おしゃべりをしたあと ふたりは笑いあい
しろうさぎはえんぴつを片手に文をかきはじめました。
そのかたわらで あなぐまはみどりの絵の具で絵をかきはじめました。
灰色だったものがたりは あざやかな色をとりもどしたのです。
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