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  • 執筆者の写真卯之 はな

館長さんはちいさなねずみ


ちいさいからって、なめないでよね。


おじいちゃん館長が仕事を終えたら、

さほど見るところもない小さな美術館の、ねずみの館長になる。


ねずみでも役に立つことはあるの。


たとえば…


「こら! そこのきみ!」


わたしは壁をかじって穴をあけようとしているねずみに注意する。

多くの仲間たちとここに住んでいるけど、

この子は住処から広場まで通り抜けができるように

穴を作っていたみたいだった。


「ご、ごめんね。 …ゆるしてくれる?」


「もうしちゃだめだよ」


そう忠告すると、また ごめんね とあやまって帰っていった。

巣のねずみたちはとてもこの美術館を気に入っている。

わたしもその中の一匹だった。


今のままでも十分な生活なのに、

ちょっと過ごしやすくしようとおもって、

こんなことをしてしまうねずみがいるのだ。


きもちはわかるけれど…たいせつな作品を汚すのはゆるさない。


これはみんなもわかっているようで、美術館に飾られているものは

一切手をださなかった。


このわたし、よるの美術館の館長がいるからね!


いつものように、巡回していた。

惚れ惚れするような作品ばかりで気をとられてしまう。

けれど、わたし、大好きな場所があるんだ。


「いつ見てもきれい」


ねずみと人間の絵ばかりが描かれた部屋。

ここは、最近できたちいさなコーナーなの。


ひとの手にのせられたねずみの絵。

寝ているところにねずみが寄りそう絵。

愛らしく撫でられるねずみの絵。


それぞれに味があり、

この有意義にながめられる時間を堪能しちゃう。


「わたしも、いつか描いてもらいたいな…」


きっとこのひとなら、

けがれのないねずみを描いてくれそうな気がする。

かなわない夢を抱いて、毎晩 この絵たちにうっとりしていた。




次の晩。


わたしはいつもの見回りをする。

くもが、像の作品に巣を張ろうとしたから、


「ごめんね。 これはだいじな展示物だから…」


「あ! そうだったのね! ごめんなさい。

 ちがうところに、居場所を作るわね。 おしえてくれてありがとう」


そう、くもにお礼を言われて、ちょっと機嫌がよくなりつつ

ふたたび巡回をはじめた。


夜の美術館の雰囲気は好き。

開園すると、ひとがざわざわうるさいけど

今は別の顔をみせてくれるから。


そして、わたしはいつものルートであの部屋にいく。


あの時間を…


と、わたしは足が止まってしまった。


そこには、絵が撤去された跡がある殺風景な部屋だった。


なにが起こったのかわからなくて、わたしは混乱した。


「あの絵が、ない…。 どこにも…」


唯一のたのしみが、きえてしまった。


あぁ、そうか…

この部屋にかざられた作品は定期的に変わる


そのときがきただけなんだ


あのやさしそうな顔の人間も、もう見ることはできない。

そう思うと自然となみだがこぼれた。

あふれるなみだで床をよごすまえに、

みんなの元へと戻って眠りについた。




「ねぇ、きょうも行かないの?」


「うん」


わたしは起きる気力もなく、

なかまが持ってきてくれる食料を仕方がなくたべていた。


ぐうたらな生活をしていたけれど、他のねずみたちは

理由をわかっているようだった。




夜も、ずっと寝たきり。


そうだ わたし…

きっとあの絵に恋をしていたんだ


いつまでも引きずっていちゃいけない。


そうおもってゆっくりとからだを起こしたとき、

わたしのほうへ飛び込むようにやってきた仲間がいた。


「なによ! そんなに慌てて」


「あの部屋! ねずみの展示部屋! 見て来いよ」

「おいで! おどろくわよ!」


ねずみたちはやけにうれしそうに、半ば強引にわたしの手をひいて

展示場に連れて行った。




「これって…」


なぜか、なにもなかったかのようにまた大好きな絵が飾られています。


「なんで? なんで飾られているの?」

「んー。 それは…」


と、一匹のねずみが言いかけて、


「やばい! 人間がくる!」


ねずみたちは一斉にかげに隠れたり、隙間に入り込んだりしました。


わたしはなにが起こっているかわからなくて、

その場にたちつくしてしまっていた。


とん、と角から顔をだしたのは、館長だった。

動けないわたしをみている。


巡回は終わりのはずなのに、

お仕事を終えたはずなのに、

なぜ館長がいるのだろう


そして騒ぐことなく、館長はわたしを見つめて言った。


「お前さんのおかけで、ずいぶんアイデアをもらったんじゃ」


ひとの肩にのるねずみの絵の額縁を手でなぞった。



「夜の見回りをしてくれて、ありがとう。


 君を見つけたのは数ヶ月まえ。

 最初は荒らしてしまうねずみかとおもったが、

 ひとつひとつ作品をながめる姿はまるで人間のようで

 追い払うことはできなかった。


 つぎの晩は、二匹でいたがおまえさんが言い聞かすようにして

 帰らせているように見えたんじゃ」


このひとは、ずっと見ていたんだ…

ねずみとわかっていても


「そして、ある日、創作意欲がわいてきたんだよ。

 毎晩モデルになる、きれいなねずみを見ていたらね」


わたしははっとして絵をみた。


この目、この姿、このしっぽ


かげに隠れているねずみがこっそり伝えてきた。


「この絵、おまえにそっくりなんだぜ」


それを言われて、わたしはすべての絵をながめた。

館長の描いた絵の、悲しい顔、うれしそうな顔をしているねずみは、

全部、わたしだったのだ!


館長のやさしい声と、笑みが、わたしをしあわせにしてくれた。


「人間の言葉はわからないと思うが、逃げないということは

 聞こえているととらえていいんじゃろうか…。

 

 作品をさげたら、おまえさんはこんくなった。

 そしてきょう、また取り付けたらこうして会えた。


 と、いうことは…


 この絵たちを好きでいてくれたと思っていいのかね?」


手に取るように人間に考えを読まれていたけれど、

悔しいきもちは一切なかった。


わたしは、館長を見上げた。

館長がおもむろにわたしのあたまを撫でようとしたから、

条件反射で仲間のもとへ逃げた。


立ち去ったわたしだったけれど、館長は言った。


「もしよかったら、また夜の館長をしてくれるとたすかるよ」


そう言い残し、館長は杖をつきながら部屋をあとにする。

わたしはテーブルのかげから絵をみた。



人間に撫でられているねずみの絵は、

館長の願望だったかもしれない、と

なんとなくそう思ったの



夜になって、静まりかえった美術館に館長の声が響き渡る。


「よろしく頼むぞ。 夜のちいさな館長さん」


それを合図に、わたしはきょうもお仕事をはじめた。



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