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  • 執筆者の写真卯之 はな

虫かごの中のちょうちょ


ちょうちょはひらひらと泳ぐように飛んでいます。

おとなになったばかりなのか、

ちいさな羽を一生懸命羽ばたかせています。


「へんな方向に飛んじゃうよ」


かぜがちょっと吹いただけで、飛ばされてしまいます。


「すごいかぜ!」


かぜがちょうちょの行く手をこばみます。

運ばれるようにしてかぜに連れていかれてしまいました。


なんとか草や花につかまろうとしましたが、

すべって掴むことができません。


ようやくかぜが収まっても、まだ飛ぶことになれていないちょうちょは

ふきそくな羽のうごきでひっしに体勢をととのえようとします。


「あぶない!」


大きなこえが聞こえてきたかとおもうと

ちょうちょは羽をつかまれました。


「た、たすかった…」


ぱくっと、なにかが羽をつまんでいます。

みたところ植物のようですが、へんなかたちをしています。

ゆっくりその口がひらかれて、ちょうちょの羽をはなしました。

その植物が言いました。


「ごめんよ。 口でつかまえたりして」

「う、ううん。 さなぎからかえってから、

 飛ぶことにまだ慣れていないの。

 たすけてくれてありがとう」


ひらひらとふたたび羽ばたきます。


たすけてくれた相手のからだは、

おおきな口に からだはつぼのようにふくらんでいて奇妙でした。


「あなたは…」


「あぁ。 ここらへんだとぼくはめずらしいよね。

 ウツボカズラっていうんだ。 食虫植物さ」


「しょくちゅうしょくぶつ?」


「虫をたべるんだ」


「じゃあさっき捕まえたのも、たべようとしたの?」


おびえたちょうちょの姿をみて、ウツボカズラは悲しくなりました。


しょんぼりしたウツボカズラに、

なんだかじぶんが悪いことを言ったような気分になりました。


「ごめんなさい。 そうよね。

 たべる気なら、さっきとっくにたべられていたもの」


「きみの羽があんまりきらきらしていて、ながれ星にみえたんだ。

 つかまえたらなにかいいことがありそうな気がして」


「ふふ! 

 お母さんとお父さんからもらったきれいな羽はわたしのじまんよ!」


くるっと不器用に飛んでみせました。


「本当、すてきだとおもうよ。

 ぼくはこんなへんてこなからだだし、きれいなお花も咲かない。  

 くちを開けていれば、

 かってに虫がはいってきて無意識にくちを閉じちゃうんだ。

 じぶんでもよくわからないよ」


「それだけ寄ってくるってことは、魅力的なんだとおもう」


ちょうちょははなしているとふしぎな気分になりました。

よくお花たちと世間話をしながらミツをわけてもらっているけど、

虫をたべる植物とおしゃべりしているなんて


「じゃあこのちかくで眠っていたら、あなたが口をぱくっと閉じて

 知らせてくれるのね」


ちょうちょはウツボカズラのちかくのはっぱにとまって、

ねむる準備をしました。


「きょうはたくさんとんで疲れたの…」


すぐにすやすやと寝てしまったちょうちょをみて、

「のんびりした子だなぁ」

だんだんと日が落ちるのを、ウツボカズラはしずかにながめました。




「おはよう! かびんさん」

「かびん?」


ちょうちょは朝日を浴びながら羽をおおきくひろげて、のびをしました。


「だって、お花をいれるビンにぴったりのからだをしているんだもの。

 きっと花束をいれたら、すごくきれいね」


「それだけはやめてくれよ…口が閉じられないじゃないか」


「たしかにそうね!

 なんか、お花のおはなしをしたらおなかすいてきちゃった。

 ごはんたべてくるね!」


そう言うとぱたぱたと羽ばたかせ、じゅんび体操をはじめました。


「ひさしぶりにだれかとおはなしできて、

 たのしかったよ ちょうちょさん」


「わたしも! ちょっといってくるね」


ウツボカズラは”ちょっと”ということばが少し気になりましたが、

飛んでいってしまったちょうちょを見送ることしかできませんでした。




それから、おなかいっぱいにミツをたべてきたちょうちょが

もどってきて夜を明かしたはっぱにとまりました。

ウツボカズラはちょうちょの姿をみておどろいてききます。


「ちょうちょさん。 どうしてもどってきたの?」


「ここの近くはお花がたくさんあって、ミツがおいしいの。

 わたしはまだ飛ぶことに慣れていないから、遠くにいけない。

 それに、あなたが近くにいたらほかの虫から守ってくれるよね」


「動きたくても、ぼくは動けないよ」


ちょうちょが そうだったね とくすくすと笑いました。


ふたりがなかよくしている様子は、

ほかの虫や植物たちにはそれはそれはふしぎにみえるのでした。




ウツボカズラは、

ちょうちょがいるときでもおなかに入った虫を

口をとじてとじこめます。


それをみても、ちょうちょはおしゃべりできなくなったウツボカズラの食事のじゃまをすることはなくおとなしく待っているのでした。


おたがいが他のいきものだということを理解しているからこそ、

分かり合えるのでした。


「ちょうちょさん。 そろそろこの土地からはなれなくて?」


「兄弟たちはたぶん、遠くまで飛んでいってしまったかもしれないけど…

 わたしはここが好きだから」


「でもそこに居座られるのは困るな」


ちょうちょはウツボカズラの口のうえに止まっていました。

こどものころから変わらないちょうちょの笑いごえは、

ウツボカズラをなごませました。




木々が黄色や赤に色づいて、季節がかわることを告げていました。


そのころから、ちょうちょは体調がわるくなりちょっとミツをたべては

はっぱにとまることが多くなりました。


そのあいだ中、ウツボカズラとのおしゃべりを楽しむのでした。


「このはっぱも、いずれ地面に落ちちゃうね」

「そのときは、ぼくの口に乗せてあげるよ」


ありがとう とちいさくお礼をいうと安心しきって眠りにつきました。




その日の夜。

ちょうちょはウツボカズラがぐっすり寝るのを待っていました。

きもちよく寝ているのを確認すると、


もうあまり力がはいらない羽をうごかして、ぱたぱたと飛びます。


雲ひとつない空に浮かぶ月のひかりがちょうちょを照らします。


だんだんと羽ばたきがにぶくなり、まっさかさまに落ちていきました。


ちょうちょはウツボカズラとの日々のできごとが

次々とあたまの中を駆けめぐりました。


「ありがとう、かびんさん」


ウツボカズラはじぶんの口が閉じたとたん 目を覚ましました。

どうじに、ふわりと花のかおりがただよったのでした。





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