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  • 執筆者の写真卯之 はな

すずめの卒業式


わたしはきょうも屋上で、彼がくるのを待っている。


そのまえにきれいな翼を見せたくて羽のよごれをはらう。

あいにく数日雨が降っていないので、すぐに砂埃がとれた。


ちょうど落とし終わったとき、屋上のとびらが開かれた。


彼は片手にパンを持ってやってくる。


「おーい。 すずめさん」


フェンスのすきまをくぐって、彼のもとへと歩いていく。

にこにこした笑顔は、飛び疲れたわたしを癒してくれた。

あまりおなかはすいていなかったけれど、

ちぎって渡してくれるパンをほおばった。


「たくさんたべてね」


お昼になったら、わたしに会いにきてくれる彼を

だんだん好きになっていった。




きっかけは、たべものの虫を追って夢中になっていたら

フェンスにぶつかって学校の屋上に倒れていたとき。


とびらがばっと開かれて、彼は泣きながらフェンスによりかかった。

男らしくないなみだを見せながら、後ろを向いてフェンスに手をかける。


なんだかいやな予感がして、あちこち痛かったけどばたばたとあばれた。


彼は足元に倒れているわたしに気づいておどろいたものの、


「怪我しているの?」


なみだを拭って、しゃがみこんだ。


「飛べないんだね。 おいで、病院につれて行ってあげる」


ちょっと怖かったけど、おとなしく手に乗っかった。

やさしくてあったかい手に心地よく、わたしは重いまぶたを閉じた。




気がつくと、目の前に彼がいた。


「よかった。 これでしばらく安静にすれば大丈夫だよ」


彼はうっすら涙をためていたけど、

それは一番最初にみた、悲しい涙じゃなかった。




しばらくして、やっと羽が自由に動かせるようになった。

彼がお世話をしてくれなきゃ、死んじゃっていたかもしれない…。

そう思うと、余計に感謝のことばであふれた。


ありがとう ありがとう!


屋上から飛び立つわたしを、彼はとてもうれしそうに見上げた。


きっと、いつか、恩返しがしたい!


それから、天気が悪い日以外は彼に会いにきている。

彼も屋上にきて、会いに来てくれる。


けどまだ、その恩返しの機会がきていないの…。




「きみもよく毎日来てくれたよね」


ながい月日が過ぎた。

わたしたちはちょっと肌寒いなか屋上にいて、彼はねっころがっている。

この夏から秋にかけてなかなか姿をあらわさない彼を心配していたけど、

屋上にきたら元気なかおを見せてくれたのでちょっと安心した。


そして、たまに難しそうな本を横で読んでいた。

かまってほしくてちょっかいをだそうとしたけど、

真剣な表情の彼をみたらそれはできなかった。


とてもさみしかったって言えないのがもどかしいけど、

いまそばにいられるのがしあわせ。


「本当、きみのおかげで救われたんだ。

 つらい日々がつづいてもきみに会いに、学校に来れた。

 ありがとう」


わたしをなでながら、はなしをつづける。


「でもね、ぼくもきみもいずれ離れなくてはいけないんだよ」


その意味がわからなかった。

ここに来れば、会えるというのに…。


切なそうな彼のかおをみて、わたしもまたせつなくなった。




冬は、たくさん彼とあそべることができた。

時間を作ってくれるのかちょっとながくいっしょにいてくれる。

文字がたくさん書いてあった本も持ってこなくなった。


でも、またわたしを見て物思いに耽っている。


どうしたの?


そういって横になっている彼のそでを引っぱるけれど、


「なんでもないよ」


と、はぐらかされた。





なんだかきょうは学校中が騒がしい。

校庭では、泣く子、よろこぶ子、それぞれの表情を見せている。

なにがはじまったのか、わたしはわからなかった。


フェンスの外側から校庭をながめていると、とびらが開いた。


彼は、いつもより服をきちっと着こなして胸にお花をさしていた。


その姿に、どきっとする。


ゆっくり近づいてきて、フェンスの内側から話しかけられた。


「もう、ここには来れないんだ」


わたしはその言葉を受け止められなくて、あたまがくらっときた。

そんな心情も知らず、真っ直ぐわたしを見据えて言った。


「おとなになる意味がわかるかい?

 ぼくも、きみも、ずっと同じ場所にいるわけにはいかないんだ」


やっと、彼の言っている意味がわかった。


いつまでもこどものままじゃいられないものね

わたしも、すずめにもどらなきゃ


「もう、恩返しをしようなんてかんがえなくてもいいんだよ。

 いっしょにいられるだけで、しあわせだったんだから」


このひとは、わたしのこころが読めるのだろうか。


ずっと思い悩んでいたこころが、すぅっと軽くなるのがわかった。


それから彼はフェンスのあいだから手を差し出して、


「おたがい、がんばろう」


あのだいすきな手に、わたしはくちばしで ちゅん とつついた。

それは、わたしも手をのばして ぎゅっ と握手を交わしたようだった。


おたがい飛び立つときがきた。


わたしはおおきく羽をひろげて、空へ飛びたつ。


そのとき「おおきくなったね」と彼のやさしい声がきこえた。


振り返らずに、「さようなら」と彼に別れを告げて


おおぞらへと羽ばたいた。


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