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  • 執筆者の写真卯之 はな

おおかみのやくそく



※本作品は、子ども向けの内容ではありません。 ご注意ください。



きのこはようやく土からかおを出すほど成長できたとき、

空気を吸える開放感によろこびました。


「すっきり!」


上をみあげてはじめて太陽をみると、そのまぶしさにおどろきました。


「もう土のなかはたくさんだ」


じぶんが育った森を見渡していたら、じぶんのすぐ隣にどうぶつがいました。

すやすやとおやすみ中のようです。

きのこはきもちよさそうに寝ているどうぶつに

はなしかけて起こすことはできませんでした。




どうぶつがやっと目を覚ましました。

寝ぼけているのか、


「おかあさん…どこにいるの」


と、うわ言のようにつぶやいています。

きのこがおどろかさないようにそっと声をかけました。


「ねぇ、きみ」


「だれ? どこにいるの?」


「ここだよ!」


どうぶつが声のするほうに目をこらしてみると、

ちいさなきのこが顔をだしてじぶんにはなしかけているのに気づきました。


「きのこ?」

「ぼくはきのこっていうの?」

「そういう植物だよ」

「きみはだれ?」

「わたしは動物。 おおかみっていうの」


きのこにはそのするどい牙とおおきなからだがかっこよく見え、

じぶんのみすぼらしい姿にはずかしくなりました。

まだおおかみは子どもでしたが、貫禄があります。


でも、なんだか複雑そうな表情をしていました。

きのこは思わずはなしかけました。


「なにか、ぼく悪いことしたかな?」


おおかみはすぐもとの顔にもどってあわてて返事をしました。


「ううん! そんなことないよ。

 あなた、まだ地上のことなにも知らないでしょ」


「そうなんだ。 ここまでのびるのに長かった」


「なにかわからないことがあったら、おしえてあげる」


おおかみは妙に、初対面のきのこにやさしく接しました。


世の中のどうぶつは、こんなに親切なんだ


きのこはうれしくなりました。

外にでるのはちょっぴり不安でしたが、

おおかみのおかげでいろいろ教えてもらえそうです。




それから、毎日どうぶつとしょくぶつのおはなしを

たくさんしてもらいました。


おおかみは面倒くさがることなく、

動けないきのこのかわりに教えてあげます。

興味津々で聞いてくるので、子どものおおかみは

なんだかおとなになったようでくすぐったい思いをしました。


ほとんどの時間をおおかみはきのこのそばで過ごしています。


時折、おおかみを見ると悲しげに俯いたり

質問しても上の空だったりしますが、

そのあいだ きのこはしずかに待っているのでした。


「ごめん。 えっと、なんのはなしだっけ」


「…おおかみさん、たまにさみしい顔をするのはどうして?

 ぼく、おおかみさんがはなしてくれる動物たちのことを

 聞いているうちに思ったんだ。

 植物と動物も、たすけあうことができないかなって」


きのこは、仲間と行動して狩りや生活をする動物たちを尊敬していました。


「ハチさんとか、ちょうちょさんは、お花さんとたすけあって生きてる。

 ぼくにできることがあったら、なんでも言って」


おおかみは、きのこをまっすぐ見て答えました。


「きのこはずっとそばにいて、わたしとおしゃべりして

 それだけで、いいよ」


おおかみの笑顔に、きのこは安心しました。

ふたりはいつもの調子で、またたのしくおはなしをはじめました。

その会話の中で、おおかみは約束しました。


「あなたを食べる動物がいたら、わたしがその動物を食べて守ってあげる」

のびのびと育ったきのこは、だいぶ地上から顔がはなれてきました。

おおかみも狩りをするうちに、子どもからおとなになりました。


「ちょっと山奥までいくから、おそくなるかもしれない」


「おおかみさんはたくましいから、心配いらないね」


「そうだよ! こんなに力もついたし、鳴き声だって…」


うぉーん

と、あたりにおおかみの遠吠えがひびき渡りました。

きのこもぶるっと震えがるほどでした。

調子にのったおおかみが言います。


「女だって、この弱肉強食の世の中を生きていかなきゃならないんだから!」

きのこに頬ずりをして、いってきますのいつものあいさつをしました。

毎回きのこはそれがくすぐったくもあり、うれしくもありました。


「いってらっしゃい」


その声を聞いて、おおかみはくるりと反対をむいて風をきるように

森の中へ走っていきました。




夕方になり、雨が降りそうな雲行きになってきました。


「毛がぬれるのは、勘弁よ。 はやく帰ろう」


そのときでした。 足元でざわざわと騒ぐ声に気づきます。

下をみると、そこにはいつもの見慣れている形の色違いが大勢いました。

きのこです。

おおかみを見ては、

もしかして…

あのきのこの…

かわいそうに…


ことばの端々だけ、聞きとれました。

おおかみはそんなきのこたちに言います。


「ちょっと。 わたしのかおをじろじろみて、失礼じゃない」


威嚇するようなかっこうをされて、きのこたちがますますざわめきます。

はなしにならないといったようすで、離れようとしたら


「すまんのう、おおかみさん」


やっと、まともにはなせるきのこがいました。

きのこのかさは、もうぼろぼろで声のかんじもかなりの高齢だとわかります。


「おぬしがきのこといっしょに過ごしているおおかみかね」

「そうだけど」


ぶっきらぼうに答えました。


「動物たちのうわさばなしで聞いたんじゃが、

 母親をなくしたおおかみがいて…」


その年寄りのきのこが、つづけてながい巷のうわさを語りはじめました。




おおかみは、雨にぬれるのもかまわず歩きます。

その足取りはとても重くそして震えていました。


むかし、あるおおかみが言っていたことを思い出します。


あなたはこれからおおきくなって、おとなになって。

そんなに泣いてちゃ、おかあさん困っちゃうわ。


その苦しげなかおは、あのころからずっと忘れることはありませんでした。




「かえってきた! おおかみさん」


ずぶ濡れになったおおかみを心配して、かおをのぞきこみました。

雲のおかげでよくみえませんが、雰囲気でまえに時折みせていた

おおかみのあの表情をしているのだとわかりました。


「だいじょうぶ? どこか、けがでもした?」



「きのこなんて、だいきらい」



おおかみの口からそんなことばが出ると思っていなかったので

衝撃とどうじに、心を痛めました。

おそるおそるきのこが聞きます。


「なにがあったの?」


おおかみは今までみせたことのない涙を、たっぷりためていいます。


「おかあさんからどいてよ」


ちかくにいて守っていたそれを、食い散らかすようにむさぼります。


「おおかみさん…いたい…」


地面をえぐるほど、歯できのこを噛み砕いてしまいました。

もう、きのこの根さえもなくなってしまいました。



「また、ひとりぼっち」



おおかみはそれから三日三晩泣きつづけました。




むかしむかし、

母親をなくしたおおかみは、その傍らで三日三晩泣きつづけました。


おとなのような鳴き声は森全体に聞こえて、


あわれなおおかみと動物たちにいわれました。


ある晴れた朝。


母親に別れをつげて、穴にゆっくりと横たわらせ土をかけていきます。

ずっとちかくにいるからね


約束しました。


朝と夜をくりかえして、その場所からなにかが生えてきました。


それは、死んだ動物を養分にしてうまれた きのこでした。


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