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  • 執筆者の写真卯之 はな

あこがれの白鳥


しんしんと雪がふりそそぐ湖に、

一匹の白鳥が水面にうかんでいました。

その姿はゆきやまに溶けこんでいて、まったく違和感がありません。

たまにつばさを広げてぱたぱたと雪をはらいます。


「きょうもいい雪が降ってるわ」


白鳥は、満足げに山をながめました。

その白鳥のあしもとから、鯉がかおを出します。


「やぁ! 白鳥さん!」

「鯉くん! びっくりしました」


おどろいて飛びたとうとしましたが、なかよしの鯉をみて

気をゆるめました。

体勢をととのえて、あらためて鯉にはなしかけます。


「話しかけるならもっと、そっとおねがいします」

「ごめんなさい。 見かけたから、ついうれしくなっちゃって」

「あなたをおどろかせたくても、水のなかにいる鯉くんを

 さがすのはむずかしいんですよ」


つん、とした白鳥の横顔はとてもきれいなものでした。


飛びだつすがたも、湖をおよぐ白鳥も、ここでは絵になります。


鯉が見とれているのも知らずに、

白鳥は鯉にはなしかけながら水面をおよぎます。


「冬がおとずれてからここにいるから、もうだいぶ経つんですね」


「白鳥さんがきて、にぎやかになったよ。

 来てくれるのははじめてだったもん…白鳥がこの湖にくるの」


「さわがしくなっちゃった?」


「ううん! うれしいんだよ。 ほら!」


向こうで魚たちが飛びはねるのがみえます。


「はくちょうさーん!」

「きょうもとってもきれいねー!」


水しぶきをあげアピールしています。


それに答えるように、白くおおきなつばさをはためかせました。


わぁ!と魚はそれを見てよろこんで、もぐりました。


「ここは廃れた場所だし、白鳥を見たことあるのも、

 だれもいないくらいだから。

 白鳥さんは、仲間がいなくてさみしくない?」


「平気です。 むこうに帰ったら、会えるから」


「そっか」


鯉は、冬がおわるまえにここを飛びたってしまう白鳥をおもいました。

果てしなくながい距離を旅して、もとの場所にもどります。

そして白鳥がいなくなったこの場所は、

また大人しい湖にもどるのです。


それよりも、鯉自身は、白鳥がいなくなるのを

さみしくおもうのでした。


さびしそうに白鳥を見あげて言います。


「白鳥さんがずっとここにいてほしいって」


「それって、鯉くんがおもっているの?」


「み、みんなさ!」


ぼくが、ということを言えずはぐらかしました。

その様子に気づいた白鳥は、くすっと笑います。


鯉さんは、隠すのが下手なんだから…


ふたりならんで、湖のお散歩をたのしみました。




白鳥が飛びたつと近くのどうぶつやお魚が上をむいて見とれています。

雪がふる空を白鳥は寒がることなく、風にふかれているのです。


「わたしも、本当はここにいたい」


つぶやいた声は、風に流れていきました。




「だいぶ、雪が落ちつきましたね」


「今年の冬はきびしかったけど、水面が凍らなくてよかったよ!」


「そしたらわたしも、大変でした。 移動しないといけないから」


白鳥は水辺をぺたぺたと歩き、そのすぐ横で鯉がついてまわります。


「ぼくも、つばさがあったら白鳥さんについていくんだけどな」


「わたしも、水の中で息ができたら鯉くんとあそべるのに…」

ふたりは各々かなわないゆめを口にしてしまいました。

かなしい雰囲気を変えたくて、白鳥ははなしをそらします。


「来年は、お互いもっと大きくなっているのかな!」


「鯉くんはたくましくなるんですよね! 

 今から会うのがたのしみです」


「いまだって、そんなひ弱じゃないよぉ」


これからの将来のはなしに、はながさきました。




冬のおわりが、肌でかんじるようになってきました。

雪も、積もるほど降ることがありません。


白鳥が旅立つときを告げていました。


この広い湖の一辺に、どうぶつたちが集まっています。

遠出する白鳥を見送りにおおくのともだちが来ていました。


「げんきでね!」

元気な子どものりすが白鳥に抱きついてきました。


「また一緒に湖探検しようね!」

小さな鯉たちは水面をはねてはしゃぎまわりました。


「今度は仲間をたくさん呼んで来なさい」

年をとったくまが、やさしく白鳥のあたまに手をそえました。


白鳥は水について、みんなに向きなおります。


「初対面のわたしを、受け入れてくれてありがとうございます。

 ここにしばらく住まわせてもらって、わかりました。

 とても、すてきな場所だってこと!

 そして、また来年もこれたらいいなっておもいます!」


どうぶつたちが、それぞれ歓迎の声をあげます。

それを聞いた白鳥は、うれしくてひとすじのなみだを流しました。



「本当に、ありがとう!」



水をかいて、助走をつけれるところまですすみます。

その間、白鳥は待っていました。


鯉くん…


そのときです。

水面からぱしゃっと待っていた本人がかおをだしました。


「鯉くん!」


「落ちついたところであいさつがしたかったんだ。

 白鳥さん、ぜったい ぜったい 次も会えるよね!?」


「…うん。 この場所にもどってきます」


握手はできませんでしたが、お互いのからだをぴとっとあわせました。

鯉は白鳥におねがいをいいます。


「ぼく、白鳥さんのそのおおきなつばさで

 飛びたつ瞬間がだいすきなんだ。

 いつもみたいに、すてきに飛んでみてよ」


「もちろん!」


鯉のちかくでおおげさにつばさを広げてみせました。

いつもより大きく、美しく見える白鳥に、息を飲みます。


水面を揺らすほどの風をまきおこし、一気に空へと飛びたちます。



「またね!!!」



鯉はお別れのあいさつを叫びました。


どうぶつたちの声が遠ざかっていきます。

下をみると、もう鯉が見えない高さまであがってしまったようです。


「ありがとう、みんな」


湖全体を見わたして、この冬の思い出をおもいだします。


どうぶつたちと毎日触れあってたのしく過ごした日々。

ほかの鳥たちに、この辺りの地理を詳しく聞かせてもらったこと。

鯉とおしゃべりをしていたら、湖のまわりを何周もしてしまったこと。


実は、鷹におそわれてつばさを怪我してしまったこと…

そしてほかの仲間についていけずに、この湖に降り立ったのです。


美しい白鳥さん きれいな白鳥さん そういわれて、

どうせ帰ることが叶わないなら、ここで演じようとおもいました。


みんなの憧れの白鳥を




白鳥は、飛べることはできても山を越える体力はありませんでした。

鳥たちに聞いた、みんなが近づかない岩山のふもとに来ました。


首をもたげてからだを休めます。


「だいぶ、飛ぶこともできなくなってしまったわ…」


雪がかわいた大地に首をもたげてからだを休めます。


「こんな姿、見せることなく出られてよかった」


とくに、きらきらしたまなざしでいつも会いに来てくれる鯉には

見せたくはありませんでした。

このつばさが好きと言ってくれた鯉には、話せませんでした。


白鳥は、しずかに目を閉じます。


あのすてきな湖に、来年はたくさんの仲間が訪れますように…

そう願いながら眠りにつきました。


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